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金糸雀(カナリア)8 side楓

「……ぇ……えで……楓っ!」 激しく揺らされて。 我に返った。 「え…?」 目の前には、心配そうに眉をひそめた蓮くんの顔。 「大丈夫か…?」 そう問いかけられて。 よくわからないままに、頷いた。 「バカ…全然大丈夫じゃないだろ…」 蓮くんは、見たことないくらい困った顔で眉を下げて。 壊れ物に触れるみたいに、そっと俺を両腕で引き寄せる。 その温かい腕に包まれて。 ゆっくりと息を吐き出すと、ようやく視界が開けて。 蓮くんの肩越しに見えるのは、見慣れた部屋。 いつの間にか俺は、九条の家の一階の、一番奥の部屋にあるピアノの前に座っていた。 俺… いつ、帰ってきたんだろ…… 「なにが、あった?」 「…ううん、なにも、ない…」 なにが…? なんだっけ…? 「…聞いたよ。コンクール、予選通過だってな?よくやった」 …コンクール? なに、それ そんなもの、知らない そんなもの…… 『どうせ、九条の力を使って勝ち取ったんだろ』 その瞬間、教室での平野くんの呪詛みたいな言葉と。 憎しみにも似た、嫌悪感丸出しの眼差しが鮮やかに脳裏に蘇って。 どろどろとしたものが、身体の奥底から一気に溢れてきた。 「楓…?どうした…?」 「…っ…見ないでっ…!」 目の奥が熱くなったと思ったら、堪える間もなく、涙腺が崩壊したような大量の涙が零れ落ちて。 それを拭おうとした蓮くんの手を払い除け、その腕を逃れて。 目の前にあるピアノに、突っ伏した。 なんで…? なんで、あんなことを言われなきゃならないのっ…? 九条なんて、関係ない 俺自身の手で 俺と父さんの音で掴み取ったものだったのにっ…… どうして 俺はこの家に生まれたんだろう どうして 俺だけβとして生まれたんだろう どうして 父さんは俺を置いて逝っちゃったの…? どうして 俺も一緒に連れていってくれなかったの…? どうして… どうして……… 「…楓…」 「いやっ…さわんないでっ…」 再び触れようとした手を、叩き落としたけど。 もっと強い力で引き寄せられて。 気が付けばまた、温かい腕の中。 蓮くんの香りが、俺を包み込む とくんとくんと、蓮くんの命の音が聞こえる 規則正しいそれを聞いていると、荒ぶっていた心が少しずつ凪いでいく…… 「…楓の、ものだよ…」 まるで赤子をあやすように。 ゆっくりゆっくり、温かい手が背中を擦った。 「誰の力でもない、楓が自分の手で掴み取ったものだ。胸を張って、誇っていい」 「…ぅっ…でもっ…」 「言いたい奴には、言わせておけばいい。妬みや嫉みなんて、そこら辺にゴロゴロ転がってる。いちいち気にしてたら、身が持たない。俺たちは、そういう世界にいるんだから」 そんなの、無理だよっ… 俺は、蓮くんみたいに強くないから… 「…約束したろ?俺が、守ってやるって。おまえを傷付けるものは、俺が全部排除してやるから」 強く強く、抱きしめられて。 その腕の中で、俺はまるで子どものように、しゃくり上げて泣いた。

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