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金糸雀(カナリア)10 side蓮

翌朝。 起こしに行ったのに起きない楓に困ったお手伝いの小夜さんに頼まれて、ベッドの上の塊を揺さぶった。 「こら、遅刻するぞ。さっさと起きろ」 「ん…」 モゾモゾと布団が動いて。 目だけをちょこんと出した楓が、まだ寝惚けた目で見上げてきた。 目蓋は、まだ赤く腫れ上がっている。 「…やだ…行きたくない…」 「ダメだ」 俺は不安そうに廊下で見つめてる小夜さんに冷やしたタオルと朝食をここへ持ってくるように頼むと、無理やり布団を剥いだ。 「やだって…!」 「じっとしてろ」 もう一度布団の中へ潜ろうとするのを捕まえて、ベッドに腰掛け、膝の上に頭を乗せさせる。 そうして、昨日の夜のようにゆっくり髪を梳いてやった。 楓は、また猫みたいに体を丸くしながらも、大人しくされるがままだ。 しばらくそうしていると、タオルと朝食が運ばれてきたから、上を向かせて目元に乗せてやる。 「…ごめん…」 ようやく落ち着いてきたのか、小さな声でそう言うから。 頬を、そっと撫でてやった。 「気にするな。おまえの世話は、慣れてる」 「…俺はペットかよ…」 「それが嫌なら、もうちょっとしっかり自分の足で立て」 「…んなこと…言われなくてもわかってるもん…」 唇が、不満そうに尖った。 それがスゴく可愛くて。 思わず小さな笑いが漏れてしまった。 「なんだよ」 「なんでもない」 「…今、笑ったろ」 「気のせいだ」 話しながら、心の中には温かいものがじわりと広がっていく。 楓に触れていると、どんなに乱れた心も一瞬で凪いでいく。 それは、きっと……… 不意に視線を感じて顔を上げると。 少しだけ開いた、ドアの向こう。 なぜか拗ねた目をした龍が、こちらを見ていた。 その後、目蓋の腫れは幾分かマシになったので、朝食を食べさせ、嫌がる楓を無理やり車の前まで引っ張っていった。 「いいよ!電車で行くからっ!」 「公共交通機関を使っていたら、遅刻するだろ。それに、おまえ今日サボるつもりだったろ」 そう言うと、ぐっと言葉に詰まって。 渋々、車に乗り込んできた。 狭い車内、楓の華奢な肩が触れて。 思わず緩んだ口元を見られないように、片手で覆う。 まずい… こんな顔、誰にも見せられない… 「…迷惑かけて、ごめん…」 楓は、小柄な体を更に小さくして座ってる。 「迷惑ってなんだ。いつも車で行こうって言ってるのに、おまえが勝手に電車に乗ってんだろ」 「だってさ…俺がこんな立派な車に乗ってるの、変じゃん…俺、βだし…」 「そんなのは関係ない。αだろうがβだろうが、おまえが九条の人間であることに変わりはないだろ。電車になんか乗って、犯罪に巻き込まれたらどうする」 「そんなの…俺は、あるわけないもん」 「自分はそう思ってても、世間はそうは思わない。世間から見れば、俺も龍もおまえも、等しく九条の御曹司なんだぞ」 「…αの蓮くんや龍と、βの俺じゃ違うに決まってんじゃん…」 苦しげな声とともに、膝の上に置かれた楓の綺麗な手が、ぎゅっと拳を握った。 「…望んで、そうなったわけじゃ、ないのに…」 零れ落ちた言葉は、苦渋に満ちていて。 もしおまえが 自分がβじゃなくΩだと知ったら どうするんだろうか… 不意にそんな考えが頭を過って。 気が付いたら、その拳を上から包み込んでいた。 だけど、そんなこと言ったところでどうしようもない 自分の性を変えることなんて、出来ない 逃れられないのなら、その運命の中でいかにベストを尽くすのか それを考えて生きていくしかないじゃないか なぜ、それがわからないんだ… 「…そんなの…俺には、無理だよ…。蓮くんみたいに…強くなれない、から…」 俺は 強くなんかない 強くなければならないから そう立っているだけだ 本当の俺は………

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