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金糸雀(カナリア)18 side蓮
「諒…おじさん…?」
『九条 諒 』
それが楓の、本当の父親の名前
父の一番下の弟で
でも親戚の集まりでは一度も見かけたことがなくて
名前だけを知っていたその人を
たった一度だけ、見かけたことがある
楓をうちに連れて来たあの日
小さな楓の手を握った叔父さんは、とても小柄で痩せ細っていて
生気のない、澱んだ真っ黒な瞳をしていた
まるで死人のようだと思った記憶が脳裏にこびりついている
「…叔父さんは…どうして自ら命を絶ったんですか…?」
小さな楓を父に預け。
その足で海へと身を投げたのだと聞いた。
発見されるまで数日かかったため、遺体の損傷が激しく。
遺体は父が確認しただけで、楓が最後に顔を見ることは叶わなかった。
だから楓は長い間、中庭で1人ぽつんと叔父さんの帰りを待っていたんだ。
いつか迎えに来るのだと信じて
「…ずっと、考えていたんです…」
女の人のような、小柄な体躯。
そして父以外、一族の者は誰も諒叔父さんの話をしないこと。
それが導く答えはひとつしかない。
「諒叔父さんは…Ω…だったんですよね…?」
αを多く排出する九条家の中で
突然変異的に生まれたΩ
もし叔父さんがそうなのだとしたら
楓がΩであることも容易に納得がいく
Ωが産む子どもは
例外なくαもしくはΩだという
Ωがβを生むことはないんだ
「楓を産んだのは…叔父さんの妻じゃなくて…叔父さん自身だったんじゃないですか…?だったら、叔父さんの番 は…」
「蓮」
俺の推測を。
お父さんは強い声で遮った。
「そのことは、いずれ話す日も来るだろう。だが、今はまだその時期ではない」
「…はい」
「とにかく、楓がΩであることは決して口外してはならない。龍にも、楓自身にもだ。それが…ゆくゆくは、楓を守ることになる。いいな?」
「……はい……」
その眼差しは苛烈なまでに鋭くて。
それ以上の追及を、俺に許さなかった。
「藤沢から、新しい抑制剤の試薬が出来たと連絡があった。今使っている抑制剤の効果の確認もしたいと言われているから、これから新薬を受け取りがてら、夕食を一緒に取ることになっている。おまえも来なさい」
「え…春海のお父さんとですか?」
「ああ」
「藤沢のおじさんは、楓がΩであることを知ってるんですか!?」
「最初から知っているよ。楓の性別検査を頼んだのは、やつの懇意にしている病院だ。そして、楓を試薬の被験者にしてくれないかと頼んできたのも、あいつだ」
「え…試薬って…じゃあ、楓が飲んでる薬は…」
「まだ臨床試験段階の、最新の薬だ」
「つまり、人体実験ってことですか!?」
「人聞きの悪いことを言うな。藤沢製薬の…いや、日本中のヒート抑制剤の技術の全てを集めた薬だ。治験に成功すれば、全てのΩを救う、画期的なものになるかもしれない代物だぞ」
初めて知らされる事実に、呆然とする。
俺たちは
お父さんたちの手のひらの上で転がされてるってことか…
「じゃあ、春海も…楓がΩであることを…?」
「いや、それはない。藤沢には、他言無用だと強く言い含めてある」
「そう、ですか…」
無意識に、安堵の息が零れた。
「楓の詳しい様子は私よりおまえの方がわかっているだろう?」
「はい…それはもちろん」
「貴重なデータだ。それを藤沢に話してやってくれ。今後の開発に大いに参考になるデータだろうからな」
「はい…」
そんな自分の心に戸惑いながらも頷くと、お父さんは腕に着けた時計を確認して。
「あと15分で出る。支度をしてきなさい」
「わかりました」
モヤモヤした気持ちを無理やり飲み込んで。
俺は父に頭を下げ、部屋を出た。
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