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金糸雀(カナリア)19 side龍
「ただいま~」
くたくたに疲れた身体を引き摺るようにして、玄関のドアを開けると。
優しいピアノの音色が、出迎えてくれた。
それだけで、自然と頬が緩むのがわかる。
「おかえりなさい、龍さん」
「ただいま、小夜さん。腹へった~夕飯、なに?」
「今日は唐揚げです。ちょうど出来たところですから、着替えてきてくださいね」
「ほ~い」
階段を駆けあがり、部屋で制服からスウェットへと着替えて。
階段を駆けおりて、ダイニングに入ると、そこには小夜さんしかいなくて。
兄さんの椅子の前にはなにも置かれていないし、楓の椅子の前にはまだ使われていないお茶碗が臥せてあるだけだった。
「あれ、兄さんは?」
「旦那様と出掛けられましたよ。今日は外で食べてこられるとか」
「え?お父さん帰ってきてるの!?」
「ええ。夕方頃」
「ふーん…」
3ヶ月ぶりに帰ってきたってのに
下の息子には興味がないってわけね…
「楓は?まだ食べてないの?」
もやっとした気持ちを、無理やり胸の奥に押し込める。
別に、いつものことだし…
お父さんが兄さんにしか興味ないのなんて、昔からわかってることだし
今さら、なんか思うこともない
「ええ。帰ってからずっと、奥の部屋から出てこられませんよ」
「じゃあ、呼んでくるよ」
「あ、でもっ…練習中は誰にも邪魔させるなと、蓮さんが…」
「大丈夫大丈夫っ!メシは出来立てを食べた方が旨いだろっ!」
小夜さんの制止を振り切ってダイニングを飛び出し、一階の一番奥、グランドピアノの置いてある部屋のドアを、ノックもせずに開けた。
途端、美しいピアノの音色が俺を包み込む。
ドアを開けたってのに、楓は俺に気付いた様子もなく、一心不乱にピアノへ向かっていて。
俺はその真剣な横顔を、ちょっとドキドキしながら見つめた。
ピアノ弾いてるときの楓
めちゃくちゃ綺麗なんだよなぁ…
瞳は真剣なんだけど
口元には優しい微笑みを湛えていて
まるで絵画から飛び出てきた天使みたいなんだ
中断させて飯にしようと声をかけるつもりだったけど、もう少しその横顔を見ていたくなって。
壁に背中を預け、きりの良いとこまで黙って見守ることにする。
だけど、ものの数分で最後まで弾き終わったらしい楓が、鍵盤から手を離し、不意に顔を上げて。
俺を見つけると、びっくりしたように目を見開いた。
「龍…いつ来たの?」
「さっき。全然気が付かないんだもん」
「ごめん。集中してたから…なんか、用だった?」
「ん~?メシだよって言いにきた。今日は唐揚げだってさ」
せっかく兄さんにも邪魔されないで楓のことを見てられる貴重な時間が終わったことを、少し残念に思いつつ、そう告げると。
「あ、そっか…もうそんな時間か…」
楓は壁掛けの時計を確認して、ピアノの蓋を閉める。
「さっきの曲、初めて聞いた。コンクールの曲?」
「うん」
「ちょっと楽譜見せてよ」
だけど、せっかくの二人っきりの時間をもう少しだけ楽しみたくて。
立ち上がったのを、つい引き留めてしまった。
だってさ…
楓の傍にはいつも兄さんがいて
兄弟なのに、近付きたくても簡単には近付けないんだもん
「いいけど…龍、楽譜読めるの?」
「少しだけね。ホントはピアノ、ちょっとだけ習ってみたかったんだけどさ…ほら、うちにはこんなに立派なピアノがあるし?でも、お父さんがこれには触っちゃダメだって強く言ってて…だから、諦めた」
楓の手から渡された楽譜をペラペラと捲りながら昔のことを話すと、また楓が目を丸くする。
「え…そうなの?でも、俺にはそんなこと一度も言ったことないけど…」
「お父さん、楓には甘いからなぁ…」
「え…甘い…?」
「そうだよ。なんか、可愛くて仕方ないって感じ」
「そうかな…よく、わかんないよ…俺、αでもないし…なんでこの家に引き取られたのか…未だにわかんないもん…」
そう言って。
楓は表情を曇らせた。
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