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金糸雀(カナリア)20 side龍
「わかんないって…そんなの当たり前じゃん。お父さん、兄弟のなかでも末っ子の諒おじさんを一番可愛がってたって聞いた。その人の子どもなんだもん、引き取って当然だろ?」
「でもさ…」
「それに。αとかβとか関係なく、楓には俺たちにはない才能がある。音楽の才能がさ。お父さんもそれがわかったからきっと、俺にも兄さんにも触らせなかったピアノを楓に与えたんだろうし。だから、もっと自信持てよ。今回のコンクールだって、すごいことじゃん!お父さん、きっと期待してると思うよ?俺なんかと違って…」
楓を慰めるつもりで言葉を紡いだはずなのに。
自分の言葉が、自分自身に小さな棘のように突き刺さる。
楓には、大きな翼がある
そして兄さんにも
でも俺には…?
俺にはどんな翼があるんだろう…?
「龍…?」
「俺なんか…なにやったって兄さんには敵わないしさ…勉強だって運動だって、兄さんのが全然上。お父さんだって、一族のみんなだって、学校のヤツらだってさ。なんでも蓮、蓮って…兄弟なのに、同じαなのに、それを間近で見てるしかない俺の惨めさ、楓にわかる?わかんないっしょ」
「龍」
つい、いつもは心の中にしまいこんでいるはずの気持ちをベラベラと話してしまった俺の二の腕を、楓がストップかけるみたいに掴んで。
我に返った。
「あ…ごめん…」
しまった…
こんなこと、今まで誰にも言ったことなかったのに…
「ごめん!今のは忘れて!う、嘘っ!冗談だからっ…」
急激に羞恥が沸き上がってきて。
思わずその場から逃げ出そうとしたけれど。
その前に掴まれていた二の腕を、ぐいっと引かれて。
次の瞬間、花のような甘い香りとともに、温かいものに全身を包まれた。
「…ごめん…気付かなくて…」
楓の優しい声が、耳元で聞こえる。
そこでようやく、楓が俺を抱き締めていることに気が付いた。
「か、楓…?」
「龍がそんなに苦しんでるの…気付かなくてごめん…。俺、自分のことばっかりで…」
美しい音を生み出す繊細な手が、俺の背中を上下する。
まるで、子どもをあやすように。
でもそれは全然嫌じゃなくて。
むしろ、その手が動くたび、さっきから身体のなかでぐるぐると渦巻いていたものが、すーっとどこかへ溶けて消えていくようで。
「…そんなに苦しんではないから、大丈夫」
知らず、頬が緩んだ。
「ホント…?」
楓が背中を擦るのを止めて、俺の顔を覗き込んでくる。
夜空の星屑のように煌めく瞳が
まっすぐに見つめてきて
ドキリと、心臓が跳ねた
「うん、ホント。悔しいし、惨めになるときもあるけど…俺、兄さんのことは本気で尊敬してる。俺もいつかああなりたいって…目標みたいなもんだからさ」
「うん。それは見ててわかるよ」
「つっても、全然敵う気しないけどな~。太陽くらい、遠いかも」
「そんなこと、ないよ。龍ならきっと、蓮くんと同じところに立てるよ」
慰めてくれる楓は、天使のような微笑みを湛えていて。
本当にそうなれるんじゃないかって、そう思わせてくれる。
この美しい天使が
傍にいてくれさえすれば
「じゃあ、さ…俺が兄さんと同じところに立てるまで…傍にいてくれる…?」
「え…?」
「ずっとずっと、俺の傍にいてくれる?」
「ふふ…当たり前じゃん。俺、一応龍のお兄さんだもん」
何気なく放たれた言葉が、ちくんと胸に突き刺さる。
でも、その痛みがなんなのか、なんとなく知りたくなくて。
「じゃあ…お兄ちゃん、お願いがあるんだけど」
おどけた言葉を、唇に乗せた。
「ふふっ…その響き、なんだか新鮮だな。いいよ、なに?」
「ちょっとだけ、抱き締めてもいい?」
今だけ
俺だけの楓になってよ
「いいよ」
楓は一瞬だけびっくりしたように目を見開いたけど、すぐに大きく両手を開いてくれて。
俺は宝物を包むように、その華奢な身体をそっと抱き締めた。
瞬間
花のような甘い匂いが
鼻腔をくすぐった
なんだ…?
楓って、こんな匂いしたっけ…?
「…楓…」
「ん…?」
「なんか…すっごい良い匂いする…」
「え…?」
「最近、香水なんかつけてんの?」
「香水なんて、つけてないよ?ってか、いきなりなに…」
ふふふって、楓が軽やかに笑った。
吐息が首筋を撫でていって。
突然、ぎゅっとアソコが熱くなった。
「…っ…!」
それにびっくりして、思わず腰を引くと。
楓が不思議そうに顔を上げる。
「龍…?どうかした?」
笑みを象った唇は、まるで真っ赤に熟した果実のようで。
むしゃぶりつきたい衝動が
唐突に湧き上がってきて
頭がクラクラした
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