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金糸雀(カナリア)21 side龍
さっきの感覚
なんだったんだろ…
隣で唐揚げを美味しそうに頬張る楓の横顔を、こっそり盗み見る。
「今日の唐揚げ、美味しい!」
「よかった。今日はいつもと趣向を変えて、塩麹に浸けてみたんですよ」
「へぇ~塩麹かぁ」
「たくさん作ってありますから、たくさん食べてくださいね」
「うん、ありがとう」
俺の視線に気付いてない楓は、楽しそうに小夜さんと会話していて。
その笑顔に、また胸がきゅっと苦しくなった。
変なの…
これじゃまるで
楓のこと、好きみたいじゃん
楓は従兄弟で
男、なのに…
この世界には男と女以外にもう一つの性があって
その中でもΩという性をもつ者は、男でも妊娠できることは知識として知ってはいる
そして、αとΩだけに『番』という特別な関係があることも
だから別に男と男が…ってことはおかしくはないんだけど
ぶっちゃけ、俺にはとても想像できない
そもそも、全人口におけるαの割合は2~3%って話だし
Ωに至っては1%にも満たないくらいしかいなくて
出会うことすら稀なんだ
そんな中で男と男で番になる確率なんて殆どないに等しいものだし
万が一奇跡的に出会って
番になって子を成したとして
その子どもは間違いなくαかΩ
もしΩだったらそんな子ども
俺の家系で許されるはずがない
この家は数百年前まで先祖を辿れるほどの由緒正しい家系で
だから俺たちは優秀な子孫を残すってことを生まれたときから義務として負っているわけで
現に俺と兄さんの死んだ母親も、じいさんが探してきた皇族の血を引くαの女性だし
だから、俺もいづれはそういう女性をあてがわれるんだろうなって思ってる
それに
これは誰にも話してないんだけど
実は男とヤッたことがあるんだ
高等部に上がってすぐの頃、一個上のβのやつに告白されて
断ったら、一度でいいから抱いてくれって拝み倒されて
まぁ…男ってどんなもんか興味もあったし…?
だから物は試しでセックスしたんだけど…
やっぱ、女の子の柔らかい身体の方が数万倍良かった
だから、さ…
うん、やっぱあり得ない
俺、なんか疲れてんのかも
最近部活も練習試合続きだったし
生徒会も忙しかったしな
なんて、自分に言い聞かせながらも。
俺の視線は、楓の唇に吸い付くように寄せられていく。
真っ赤に売れた果実みたいな唇は、唐揚げの油でグロスを塗ったみたいに艶々してて。
うまそうだな…
あの唇にキスしたら、どんな味がするんだろ…
って!
なに考えてんだよ、俺はっ!
俺は女にしか興味ないはずだろっ!
「龍?全然食べてないじゃん。具合でも悪いの?」
さすがに俺の不躾な視線に気付いたのか、不意に楓が俺の方を向いて、心配そうに眉を寄せる。
「あ、だ、大丈夫!めっちゃ元気!ちょっと考え事してただけっ!」
その透明な眼差しに、またドキッとして。
俺は慌てて視線を外し、ご飯を口に放り込んだ。
やっぱ、なんか変だ…
あんまり見ないようにしよう…
「そう?なら、いいけど。小夜さん、ごちそうさま。今日も美味しかった」
「お粗末さまでした。あ、楓さん、蓮さんが明日からお薬が代わるって仰ってましたよ」
「え…?あ、そうなんだ…」
急に不安そうに変わった楓の声に、外していた視線をまた戻すと。
楓は手のひらに乗せた白い錠剤を、じっと見つめている。
「新しい薬って…検診、行ったの?心臓の具合、どうだって?」
「…行ってない…」
「え?なのに、薬が代わるの?」
「そうみたい…ねぇ、龍…俺、ホントはなんの病気なのかな…?」
「え?心臓の病気じゃないの?兄さん、そう言ってたじゃん」
「うん…そう、聞いてるんだけど…でもさ、自分ではどこも、なんともないし…」
その薬をぎゅっと握って。
作った拳を、胸に当てた。
ひどく不安そうな表情で。
その姿が、ひどく儚く見えて。
思わず、その胸に当てた拳をそっと手で包んでやった。
「大丈夫だよ、きっと。だって、薬を飲むこと以外はなんにも言われてないんだろ?本当にヤバかったらもっと頻繁に通院したり、入院したりしなきゃいけないんだからさ…だから、きっとたいした病気じゃないよ」
「…龍…」
小刻みに震える拳を包んだ手に、少しだけ力を込める。
「それに、もし大変な病気でも、絶対大丈夫。うちの財力があれば、最先端の治療が受けられるんだから。絶対絶対、大丈夫っ!」
ゆらゆらと揺れる瞳から涙が溢れるのを見たくなくて、語尾に力を入れると。
楓はようやく表情を緩める。
「…うん…ありがと…龍…」
また
花のような甘い香りが微かに漂った
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