29 / 547

百舌鳥(もず)8 side和哉

それから、龍は俺の知らない家での蓮さんの様子なんかを話してくれた。 「んでさ、去年だったかな…小夜さんが…って、住み込みで働いてくれてるお手伝いさんなんだけど。熱だして寝込んじゃったことがあってさ。じゃあ3人でお粥でも作ってやろうってことになったんだけど…兄さんに米研ぎ任せたら、洗剤入れてガシガシ洗っちゃったんだよな~」 「うそでしょ!?」 「ホントホント。もう、俺も楓も叫んだよ。なにやってんだー!って」 蓮さんでも苦手なものあるって言ってたの 本当だったんだ… 「ま、まぁでも、普段は料理なんてする必要ないんだしさ。知らなくてもしょうがないんじゃない?」 一応、フォローを入れてみたら。 龍は呆れた顔で、肩を竦める。 「しょうがないって…常識だろ?小学校で米の研ぎかたくらい、習うじゃん」 「そりゃ、まぁ…」 「そしたら、なんか拗ねちゃってさぁ…その顔が…ぶっ…兄さんもあんな顔するんだって…ぶぶっ…兄さん、変なとこで常識抜けてたりすんだよなぁ…ぶぶぶっ」 その時のことを思い出したのか、龍は腹を抱えて笑いだす。 「へぇ…」 蓮さんが拗ねてるとこなんて 想像できない でも… きっととんでもなく可愛いに違いない 「あ、拗ねたってので思い出した。この間、部屋の片付けしてたら、小さい頃に描いた絵が出てきてさ…見る?」 「え?見れるの?」 「ああ。あんまり面白いから、写メ撮っちゃった」 そう言って、龍は取り出したスマホをささっと操作して、俺の目の前にかざした。 「ほら。これ、兄さんが描いた絵」 写ってたのは、画用紙に薄ーい茶色のクレヨンで描かれた雪だるまみたいな不思議なもの。 「…なに、これ」 「なんだと思う?」 「…泥で汚れた、溶けかけの雪だるま?」 「ぶーっ!ひでぇ!おまえが一番ひでぇわ!」 「なんだよぉっ!だってそれにしか見えないじゃん!」 「ぶはははっ…今度、兄さんに言ってやろ。和哉が、どろどろの溶けかけの雪だるまって言ってたぞーって」 「ちょっとやめてっ!せめて、もうちょっとオブラートに包んでよ!」 「どうやってオブラートに包むんだよ!」 龍は涙まで浮かべながら、腹を抱えて笑い転げてる。 「もう…答えはなんなの?」 「ん~?…トトロ」 「…え?これが?」 「そう」 「…嘘でしょ」 「ぶぶぶっ…やっぱ、おまえの反応が一番酷いわ」 「そ、そんなことっ…そういう龍は、これ見てなんて言ったんだよ!?」 「ん?あー、まぁ俺も似たようなもんかなぁ。楓なんて、ノーコメントでさ。兄さん拗ねちゃって、翌日まで口きいてくんなくて。楓が必死にご機嫌取ってたよ。あんな二人、初めて見たわ」 「…いいなぁ…」 「はぁ!?なにがいいんだよ」 「だってさ…そんな蓮さん、俺は知らないもん」 絶対に俺の知り得ない 家族の中の蓮さんの姿 それを知る権利があるのは 龍と あいつだけなんだ… そう思った瞬間、ちりっと胸の奥に痛みが走った。 「…あのさ、和哉」 無意識に胸の辺りをぎゅっと強く掴んだら。 突然、笑いを引っ込めて。 龍は真剣な眼差しを俺に向ける。 「…兄さんは、αだぜ?」 静かに紡がれた言葉が、鋭い刃の切っ先となって、まだ痛む胸に突き刺さった。 「…知ってるよ、そんなの」

ともだちにシェアしよう!