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百舌鳥(もず)8 side和哉
それから、龍は俺の知らない家での蓮さんの様子なんかを話してくれた。
「んでさ、去年だったかな…小夜さんが…って、住み込みで働いてくれてるお手伝いさんなんだけど。熱だして寝込んじゃったことがあってさ。じゃあ3人でお粥でも作ってやろうってことになったんだけど…兄さんに米研ぎ任せたら、洗剤入れてガシガシ洗っちゃったんだよな~」
「うそでしょ!?」
「ホントホント。もう、俺も楓も叫んだよ。なにやってんだー!って」
蓮さんでも苦手なものあるって言ってたの
本当だったんだ…
「ま、まぁでも、普段は料理なんてする必要ないんだしさ。知らなくてもしょうがないんじゃない?」
一応、フォローを入れてみたら。
龍は呆れた顔で、肩を竦める。
「しょうがないって…常識だろ?小学校で米の研ぎかたくらい、習うじゃん」
「そりゃ、まぁ…」
「そしたら、なんか拗ねちゃってさぁ…その顔が…ぶっ…兄さんもあんな顔するんだって…ぶぶっ…兄さん、変なとこで常識抜けてたりすんだよなぁ…ぶぶぶっ」
その時のことを思い出したのか、龍は腹を抱えて笑いだす。
「へぇ…」
蓮さんが拗ねてるとこなんて
想像できない
でも…
きっととんでもなく可愛いに違いない
「あ、拗ねたってので思い出した。この間、部屋の片付けしてたら、小さい頃に描いた絵が出てきてさ…見る?」
「え?見れるの?」
「ああ。あんまり面白いから、写メ撮っちゃった」
そう言って、龍は取り出したスマホをささっと操作して、俺の目の前にかざした。
「ほら。これ、兄さんが描いた絵」
写ってたのは、画用紙に薄ーい茶色のクレヨンで描かれた雪だるまみたいな不思議なもの。
「…なに、これ」
「なんだと思う?」
「…泥で汚れた、溶けかけの雪だるま?」
「ぶーっ!ひでぇ!おまえが一番ひでぇわ!」
「なんだよぉっ!だってそれにしか見えないじゃん!」
「ぶはははっ…今度、兄さんに言ってやろ。和哉が、どろどろの溶けかけの雪だるまって言ってたぞーって」
「ちょっとやめてっ!せめて、もうちょっとオブラートに包んでよ!」
「どうやってオブラートに包むんだよ!」
龍は涙まで浮かべながら、腹を抱えて笑い転げてる。
「もう…答えはなんなの?」
「ん~?…トトロ」
「…え?これが?」
「そう」
「…嘘でしょ」
「ぶぶぶっ…やっぱ、おまえの反応が一番酷いわ」
「そ、そんなことっ…そういう龍は、これ見てなんて言ったんだよ!?」
「ん?あー、まぁ俺も似たようなもんかなぁ。楓なんて、ノーコメントでさ。兄さん拗ねちゃって、翌日まで口きいてくんなくて。楓が必死にご機嫌取ってたよ。あんな二人、初めて見たわ」
「…いいなぁ…」
「はぁ!?なにがいいんだよ」
「だってさ…そんな蓮さん、俺は知らないもん」
絶対に俺の知り得ない
家族の中の蓮さんの姿
それを知る権利があるのは
龍と
あいつだけなんだ…
そう思った瞬間、ちりっと胸の奥に痛みが走った。
「…あのさ、和哉」
無意識に胸の辺りをぎゅっと強く掴んだら。
突然、笑いを引っ込めて。
龍は真剣な眼差しを俺に向ける。
「…兄さんは、αだぜ?」
静かに紡がれた言葉が、鋭い刃の切っ先となって、まだ痛む胸に突き刺さった。
「…知ってるよ、そんなの」
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