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百舌鳥(もず)10 side楓

『俺…ずっとずっと楓のことが好きだった』 あれから、一週間。 俺の頭の中にはあの言葉と、あの時の少し緊張したような春くんの表情がぐるぐる回ってる。 正直に言えば。 俺、そんなこと考えたこともなかった。 春くんのこと、俺だって好きだけど。 それはたぶん、友だちとしての『好き』で。 それ以上の感情なんてない…はず。 でも… じゃあ、その『好き』ってどんな違いがあるんだろう…? そう考えて。 気がついた。 俺の中には二種類の『好き』があるってこと。 一つは、父さんや蓮くん、龍に感じる『好き』。 これは簡単だ。 家族だから。 いつもすぐ傍にあって、でもなくてはならないもの。 この『好き』が失くなっちゃうと、きっと俺は俺でいられなくなってしまうだろう。 もう一つの好きは、和哉や加藤くんに感じる『好き』。 この『好き』は、俺の世界を色鮮やかにしてくれるけど。 でもたぶん、失くなっても困らない…と思う。 きっと、うんと寂しくなるけど… それでもきっと、また同じ『好き』は見つけられる気がする。 じゃあ、春くんへの『好き』はどっちなんだろう…? 春くんは家族じゃないんだから、たぶんもう一つの『好き』なのかな…? でも… 少し違う気がする。 かといって、もちろん蓮くんたちに感じる『好き』とは全く別のもので。 春くんが笑うと、俺も笑顔になれる 春くんが悲しい顔をしてると、俺も悲しい気持ちになる 春くんに見つめられると、心臓の音が大きくなるし ぶつかった拍子に春くんに触れると、そこが熱を持ったように熱くなったりする これって… 春くんの言う『好き』なのかなぁ…? 「…なにか、悩んでる?」 春くんのこと考えてたら、長野先生が心配そうに顔を覗きこんできた。 「あ…すみません」 しまった… まだレッスン中だった… 「…もしかして、恋の悩み、とか?」 「へっ…!?」 「あ、当たっちゃった」 ズバリと言い当てられて、動揺のあまり変な声が出ちゃって。 「あ、いや、そのっ…」 「隠さなくてもいいよ。というか、隠そうとしても隠しきれてないから」 先生が、可笑しそうに唇に手を当てて肩を揺らす。 「…すみません…」 「どうして謝るの?」 「だって…もうすぐ本選なのに…」 「僕は、怒ってる訳じゃないよ?」 「えっ…?」 てっきり、気が散ってるって怒られるんだと思ってたのに。 思いもかけない言葉に、驚いて先生の目を見返した。 「僕が自由曲に選んだ、シューマンの幻想曲、どういう曲だっけ?」 先生の問いかけに、この曲の背景を思い出す。 シューマンが愛する人へ送った曲 彼女と会うことを禁じられたシューマンは、音楽を愛の言葉の代わりに彼女に届けたという 「そう。これは愛の歌なんだよ。愛する人への深い愛に満ちた歌だ」 「…愛…」 「君は、テクニックは申し分ないんだけど、いかんせん情緒的な部分が未熟だ。僕はそこを危惧していたんたけど…この一週間で、格段に表現の幅が広がった。だから、もしかして…と思ってね」 「本当、ですか…?」 「ああ」 先生が、力強く頷く。 そんなこと 自分では全く気付かなかった 「のめり込み過ぎる恋は害でしかないが、適度な恋は君を豊かにしてくれる。その気持ち、大事にしてください」

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