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百舌鳥(もず)11 side楓

あれってつまり… 俺は春くんに恋をしてる、ってことなのかな…? 最終下校を知らせるチャイムが聞こえてきて。 俺は溜め息を吐きつつ、楽譜を閉じた。 なんか… 余計にわからなくなっちゃったかも… 先生があんなこと言うから 弾いてる間中、頭の片隅を春くんの顔が過っちゃって 逆に心が乱れた気がして 自分では酷い出来だったと思ったのに 先生はニコニコ笑ってるだけだし… 「疲れた…」 いつもより何倍も疲労感を感じて。 俺は蓋を閉めたピアノの上に突っ伏した。 『好き』って… どういうことなんだろう… 目を閉じて、春くんの笑ってる顔を思い浮かべてみる。 『楓…』 それは名前の通り、春の海みたいな温かくて大きくて、果てしなく深い優しさに縁取られた笑顔で。 とくん… 身体の一番奥の方で、音が聞こえた。 「…春くん…」 名前を呟いてみると、胸がきゅーって苦しくなった。 俺… 君のこと…好き…なのかな…? その時、ドアをノックする音がして。 「楓?まだいるの?」 ドアから顔を覗かせたのは、まさに今、俺の心を支配している人。 「どうしたの?具合、悪い?」 突っ伏したままの俺を見て、慌てて駆け寄ってくる。 「ううん、大丈夫。ちょっと疲れただけ」 ゆっくり身体を起こすと、ほっとしたように息を吐いて。 「よかった。…帰ろうか?送っていくよ」 優しく、微笑んだ。 あの日から、こうやって毎日俺を迎えに来て、家の前まで送ってくれる。 …なにも聞かずに。 でも時々、なにか聞きたそうに瞳を揺らしながら。 俺の返事、待ってるんだよね… 俺、まだ自分の気持ち整理できてないけど このままでいいわけないことはわかる 春くんのためにも そしてたぶん、俺のためにも だから… 「待って、春くん」 「…楓?」 「少し…話しても、いい…?」 歩き出そうとした袖を捕まえて、留めると。 俺を捉えた瞳が、怯えたように揺れる。 「え…あ…うん…」 「あのね…この間のこと、なんだけど…」 途切れ途切れに切り出すと、掴んだ袖越しに緊張が走ったのが伝わってきた。 「あのね…正直に話してもいい…?」 「…うん」 それでも、春くんは俺を真っ直ぐに見つめて。 俺の言葉を受け止めようとしてくれてるのがわかる。 その気持ちが嬉しいと思った 「俺ね…実はまだ、よくわかんないんだ。春くんのこと、好きなのかどうか」 春くんの優しい眼差しに背中を押されるように、ぽつぽつと今の気持ちを伝えていく。 「春くんといると、楽しいし…笑顔になれるし…心のなか、すっごくあったかくなる…春くんのこと好きだなって思うし…その好きが、他のどんな人とも違うこともわかるんだけど…この好きって、春くんの好きと同じなのか…わかんないんだ…」 そこで言葉を切って、じっと春くんの反応を待った。 春くんは俺の言葉をゆっくりと咀嚼するみたいに、俺の顔を黙って見つめるだけで。 重い空気が、部屋をじわじわと広がっていく。 こんな中途半端なこと言ったから 怒っちゃったのかな…? そう思うくらい、春くんの表情は硬くて。 全身から冷や汗が噴き出したとき。 「じゃあ、さ…」 ようやく、春くんが口を開いて。 「これは…嫌かな…?」 ゆっくりとこっちへ近付いてくると。 その大きな腕で、俺を包み込んだ。

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