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百舌鳥(もず)14 side蓮

「ん…?」 玄関ドアを開けると、違和感を感じた。 三和土に立ったまま、その正体を探ると、すぐに思い当たった。 ピアノの音が、聞こえてこない 楓のコンクールの本選まで、あと一週間。 最近はいつも、下校時刻ギリギリまで学校で練習して。 帰ってからも、夕飯を食べるのもそこそこに、夜遅くまでピアノを弾いているのに。 今日は家のなかは静まり返っている。 「蓮さん、おかえりなさい」 玄関に立ち尽くした俺を、出迎えにきた小夜さんが不思議そうな顔で見た。 「どうかしましたか?」 「あ、いや…楓は?まだ帰ってませんか?」 俺が学校を出るときに、音楽科の校舎にはもう灯りは一つも点いていなかった。 だから、もう帰っていなきゃおかしいのに。 そういや、最近やたら春海と一緒にいるところを見る気がする。 あいつ… まさか、こんな大事なときに楓を連れ回して、寄り道でもしてるんじゃないだろうな…? 今日の昼休みも、呑気に中庭で二人で弁当を食べていた光景を思い出し、少し怒りを感じながら訊ねると。 「戻られてますよ?ただ、なんだか具合が悪いみたいで…夕飯も召し上がらずに、横になられてるようですけど?」 小夜さんは、心配そうに階段の上を見上げる。 「ホントですか!?風邪かな…熱は?医者には行きましたか!?」 「いえ…少し疲れただけだから大丈夫だと…少し寝てれば治るだろうからとおっしゃって…」 「ったく…こんな大事なときにっ!」 「す、すみませんっ…」 「あ、いやっ!小夜さんが謝ることじゃないです。俺、ちょっと様子を見てきます。様子次第では病院に連れて行きますから、一応保険証とか準備しておいてください」 俺は、靴を揃えるのもそこそこに、二階へと駆け上がった。 「楓っ!大丈夫か!?」 ノックもなしに、ドアを開けた。 途端 鼻を突き刺すような、甘い香り 「えっ…?」 それを嗅いだ瞬間 脳みそを激しく揺らされたような衝撃がきて ぞわりと 感じたことのない甘い疼きが身体の奥底から溢れてくる よろめいて。 今開いたばかりのドアに、背中をぶつけた。 ベッドの上には、こんもりと山になった布団。 「…楓…?」 恐る恐る名前を呼ぶと、そこからゆっくりと濃茶のふわふわの髪の毛が出てきて。 「…蓮くん…」 潤んだ瞳が、俺を見つめた瞬間。 抗えない大きな力に 引き摺られるような感覚が、した 本能が、頭の片隅で叫んだ ヒートだ………!!

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