45 / 566

火食鳥(ひくいどり)10 side龍

「え?まだ来てないの?」 翌日の昼休み。 和哉とともに生徒会室へ行くと、そこには春海の姿しかなかった。 「来ないよ」 吐き捨てるみたいにそう言って。 春海は大きな溜め息を吐く。 「あいつ…どういうつもりなんだろ」 「どういう、って?」 「…楓を、隠すようなことしてさ」 「別に、隠してるわけじゃ…」 「隠してるだろ。入院先も教えない、今楓がどんな状態かも教えない、なんてさ」 いつも穏やかな春海とは思えない、苛立ちを隠そうともしない声で、言葉を遮られて。 この俺が、気圧されてしまった。 なんで、春海がこんなに苛立ってんの…? 思わず隣に立つ和哉を見ると、こっちもわかんないって感じで首を竦める。 「龍、本当に今日、蓮は来るんだよな?」 「ああ、うん。そう、言ってたけど…」 「…あの野郎…なんなんだよ…」 春海じゃないみたいな、乱雑な言葉遣いで。 その見たことない姿に、ざわざわと心がざわめいた。 なにが、起こってる…? 「ねぇ…蓮さんと、なんかあったの?それとも楓と?」 呆然と立ち尽くす俺の代わりに、和哉が訊ねる。 春海は、俺と和哉の顔を交互に見ると、戸惑うように瞳を揺らして。 深い息を、吐き出した。 「俺さ…実は、楓と…」 言いかけたその時、ガラリと扉が開いて。 ようやく、待ってた人が現れた。 「蓮っ…!」 その姿を見た瞬間、春海が勢いよく立ち上がって。 椅子がガタンッと大きな音を立てて倒れる。 「楓はっ!?大丈夫なのかっ!!」 それを気にかけることもしないで、掴みかかるような勢いで兄さんに駆け寄った。 兄さんは、それをひどく冷たい眼差しで一瞥して。 目を伏せる。 「ああ。心配ない」 「心配ないって…倒れたんだろ!?」 「…おまえには、関係ない」 「はぁ!?関係ないってなんだよっ!」 「龍」 春海が矢継ぎ早に質問を投げかけるけど、それには素っ気なく返事をするだけで。 小さく息を吐くと、伏せていた視線をあげ、春海じゃなくて俺を見た。 その眼差しは、俺でも見たことがないほど冷たく、ひどく冴え冴えとしていて。 無意識に、ぶるりと身体が震えた。 「さっき、長野先生のところには行ってきた。今回のコンクールは、棄権させる」 「え?あ、そうなんだ…」 「棄権って!?そんな簡単にっ…だって、あんなに練習してっ…」 「今回は、無理だ」 「っ…!」 春海の言葉を一刀両断し、兄さんはもう用は済んだとばかりに、踵を返した。 「待てよっ!まだ話は終わってないっ!」 「…離せ」 咄嗟にその腕を掴んだ春海を、振り返ったその姿からは。 全てを拒絶するような、ひどく冷たいオーラが出ているような気がして それは俺の知ってる兄さんじゃなくて だれか知らないひとのようで 頭の奥で、なにかの警告音がする。 なにが、起こってる…!? 「楓はっ!?どこに入院してんだよっ!?」 「…おまえには関係ないと言ってるだろ。あいつが、待ってる。離せ」 春海を見る眼差しは、どこか蔑むような冷酷ささえ含んでいた。 春海が、ぐっと息を飲む。 その隙に、兄さんは掴まれていた手を振り払った。 そうして、再び俺たちに背を向けた瞬間。 「関係なくなんてないっ!俺はっ…俺と楓は、付き合ってるんだからっ!」 春海の叫びが、響いた。

ともだちにシェアしよう!