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火食鳥(ひくいどり)11 side龍

「えっ…」 和哉が、小さな驚きの声をあげた。 びくりと震えて立ち止まった兄さんは、スローモーションのようにゆっくりと振り返る。 「…なんの、冗談だ…?」 その唇の端には、薄らと笑みが浮かんでいたけれど。 瞳の奥は、全然笑っていなかった。 「冗談なんかじゃないっ!俺は、楓のことがずっと好きだった。出会った頃から、ずっと」 「…」 「それがこの間、ようやく気持ちが通じて…楓だって、俺のことが好きって言ってくれた」 「…ばかな。そんなはずはない」 「おまえは信じたくないだろうけど、ちゃんと楓の口からそう言ってくれたよ。俺のことが、好きだって。その時に…俺たち、キスだってしたんだ」 「ちょっと、春海!こんなときに、なに言ってんのっ…」 驚きの告白をする春海を、慌てて和哉が止めようとした。 その時。 兄さんの瞳に 憎悪にも似た激しい怒りが沸き上がったのが見えた 止める暇さえ、なかった。 「…おまえか…」 「え…?」 唸るような声が聞こえてきたと思ったら、兄さんは春海へと飛びかかって。 その両肩を掴むと、そのまま春海を床へと叩き落とした。 「うぅっ…!」 「おまえがっ…おまえさえ、余計なことをしなければ…楓はっ…!」 「蓮さん、やめてっ!!」 顔をしかめ動けなくなった春海に馬乗りになって、殴りつけようと拳を振り上げた兄さんに、和哉が飛びついてそれを阻止する。 「落ち着いてっ…蓮さんっ…!」 でも、俺は動けなくて…。 目の前で繰り広げられる悪夢のような景色を。 どこか遠いもののように、見ていた。 なにが起こっているのか、理解できなかった。 今、目の前で取り乱している人が兄さんだなんて 信じられなかった 兄さんはいつだって沈着冷静で 完璧な、人で…… こんなの 兄さんじゃない 「龍っ!蓮さんを止めてっ!」 悲鳴みたいな和哉の声で、ようやく我に返った。 「兄さん、やめろっ!」 ガチガチに固まっていた身体を、無理やり動かし。 背中から羽交い締めにするみたいにして、兄さんを春海から引き離す。 「どうしたんだよ、兄さんっ!!」 俺に後ろから抱き締められるような格好になった兄さんは、俺の叫びにビクッと震えて。 すぐに、おとなしくなった。 「ねぇ…どうしたの…?」 顔を覗き込もうとしたけど、長めの横髪に遮られてその表情は見えない。 「…楓に、なにがあったの…?」 「…離せ、龍」 恐る恐る問いかけると。 唸るように冷たい声でそう言って、俺の腕を思いっきり払い落とした。 払われた手が、ひどく痛かった。 「兄さん…?」 その手を、もう片方の手で包みながら仰ぎ見た兄さんは、表情を消した能面みたいな顔をしていて。 乱れた制服のジャケットを片手で直し、びっくりした顔で床に転がったままの春海を見下ろした。 見るもの全てを凍らせるような 氷点下の瞳で 「…もう二度と、楓に近付くな。近付いたら…たとえおまえでも、決して許さない」 そうして、吐き捨てるように言い渡し、振り返りもせずに足早に部屋を出ていった。 残された俺たちは、誰も何も言うことが出来なくて。 ただ呆然と 兄さんの消えたドアを見つめるしか出来なくて 「兄さん…」 なにかとんでもないことが起こっているような 漠然とした不安が 俺たちを覆い尽くしていった

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