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火食鳥(ひくいどり)12 side楓

むかし 父さんがすごく苦しそうにしているのを何度も見たことがある 『父さん、大丈夫…?』 『楓…ひとりでご飯、食べられるね?』 『うん…わかった…』 『お父さん…しばらく横になるから…絶対に、覗いちゃダメだよ…?』 必ずそう言って いつもは使っていない部屋の襖を閉めた そんなときは近くのコンビニでおにぎりを買ってきて ひとりぼっちでそれを頬張った そんな日が一週間ほど続いた たった一度だけ 寂しさに耐えられなくて その部屋を覗いた カーテンを閉めた昼でも薄暗い部屋の中 布団を頭の半分くらいまで掛け 横になった父さんは こちらに背を向けていて表情はわからなかったけれど ひどく荒い息遣いで… 『っ…は…ぁっ…にい、さんっ…』 今でも耳にこびりついて離れない 熱を含んだ苦しげな吐息 急に怖くなって 慌てて襖を閉めた その時は幼くて それがなんなのかわからなかったけれど 思春期になり 学校の授業でΩの生態を学んだ時 ようやくわかった  父さんは Ωだったのだと あの時の父さんは ヒートの時期だったのだと だから 九条のお父さんに自分はβだと聞かされて 本当にほっとしたんだ 父さんみたいに 苦しまなくてもいいんだって それなのに────────── 「んっ…ぁ…あ、ぁっ…」 熱いシャワーを頭から浴びながら。 今にも爆ぜそうなその塊を擦りあげた。 嫌なのに こんなことしたくないのに ヒートの熱は、俺の身体中を狂ったように駆け巡って。 その熱に抗えない。 頭がおかしくなりそうだった。 「はっ、あっ、あっ…」 渦巻く熱が、一気にそこへ向かって集まってきて。 早く出したくて、堪んなくなる。 「あ、ぁ、ぁ…イク…」 自分で自分を追い詰めるように手を激しく動かすと。 頭のなか、スパークしたように真っ白になって。 限界まで我慢した熱を、一気に放出した。 「あぁっ…ぁ…」 ドクドクと脈打つ肉棒から、白い飛沫が止めどなく流れ落ちて。 湯と混ざりあって、排水溝へと流れていく。 「は…ぁ…」 それをぼんやりと見つめながら、俺は冷たいタイルに身を横たえた。 目蓋を閉じると、そこに浮かんだのは。 ただひとりの 運命の人 助けて… お願い…… その幻影に向かって手を伸ばしたとき。 バタバタと、廊下を走る音が聞こえてきて。 「楓っ!?」 勢いよく開いたドアの向こうに。 その人が現れた 「おまえ、また…」 どこか泣きそうな瞳で。 困ったように眉を下げて。 服が濡れるのも構わずに俺の傍へ跪くと、シャワーを止める。 「…おいで」 差し出された手に、伸ばしていた手をそっと重ねた。

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