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火食鳥(ひくいどり)16 side楓

しばらくの間、そのままの体勢で二人で外を眺めていた。 闇に覆われていた空が、少しずつ柔らかな白い光に包まれていって。 その光によって少しずつ姿を表した世界は、今まで自分が知っていたものとはまるで別のものに見えて。 なにも知らずにいた 今までの世界はもうどこにもないのだと そう感じた 「…楓…」 不意に、蓮くんが抱き締める腕を強める。 「あの、さ…今日は…」 「……うん」 この数日、日付の感覚がなくて確信はないけど 確か今日は コンクールの本選の日のはずだった 「…長野先生には、俺から棄権することを申し出ておいた」 「…うん…」 「…楓の意思も確認しないで、勝手なことして、ごめん…」 「ううん…ありがと…」 深く息を吐きながら、そう言うと。 蓮くんがぴくっと震えた。 「…ごめんな…」 「どうして蓮くんが謝るの…」 この一週間 ピアノのことなんて頭を掠めもしなかった それが 全ての答え 「俺の方こそ…蓮くんにツラいこと、言わせてごめんね…」 「っ…そんなのっ…おまえが謝ることじゃないっ…」 だってさ… 知ってるもん 俺のピアノを誰よりも愛してくれるのは 蓮くんだってこと それなのに… 「…また、次がある。諦めなきゃ、チャンスは何度だってあるから…」 蓮くんが、宥めるようなキスを髪に落としながら、慰めてくれるけど。 俺は静かに首を横に振る。 わかってるんだ もう次なんてない 一度掴み損ねたチャンスは もう二度と俺の手には戻らない それに… 俺はΩだから 望んでいた未来は もう手に入らないってこと わかってる 「…楓…」 「こうやって…ヒートが来るたび、なにもできなくなるのに…プロのピアニストになんて、なれるわけないじゃん…」 不意に 父さんのことが脳裏に浮かんだ 父さんはピアノが好きで 暇さえあればピアノを弾いていた 幼かった俺の相手をするよりも、ずっと長く ピアノを弾く父さんの横顔は とてもとても幸せそうで だから 俺はそれを邪魔しないようにずっと傍で見ていた 幸せそうな父さんは その時間にしか見られなかったから でも 本当に時々だったけど 苦しそうに弾いているときがあって ねぇ、父さん… もしかして、父さんも同じだったの…? この手に掴めると信じていた夢が 砂のように手から零れ落ちていく感覚を 父さんも味わったんじゃないの…? 知りたい… 話が、したい… 父さん… 話したいよ… 俺の話を聞いて欲しい 真っ暗闇に一人放り出された俺を 導いて欲しい 父さん… どうして死んだの…? どうして… 俺がΩだと知っていたのなら どうして俺も一緒に連れていってくれなかったの…… 「…どう、して…?」 「楓…?」 「どうして…隠してたの…?」 蓮くんを詰りたいわけじゃない そんなことしたってなにも変わらない そんなのわかってるけど それでも このやるせない気持ちの行き場がなくて 「最初からわかってたら…そうしたら…」 自分がΩだと知っていたなら 人並みの夢なんて 最初から持たずにすんだのに 「楓…ごめん…」 「どうして…」 堪えきれなかった涙が、零れて。 俺を抱き締める蓮くんの腕に、溶けた。

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