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火食鳥(ひくいどり)18 side蓮

「楓…?」 突然のことに驚いて、思わず顔を覗き込むと。 表情を失くしたまま、俺の視線から逃げるように俯いてしまう。 「どうした…?」 「…やだ…帰りたく、ない…」 「え…?」 「…誰にも…見られたくない…」 消え入るような声でそう言って。 ぎゅっとしがみついてきた。 「…大丈夫だよ。今はフェロモンは出てないし…龍には、わからないから」 宥めるように、なるべく優しい声を出したけど。 楓は動かない。 「ここにいても、俺だけじゃ、ろくなもん食べさせてやれないしさ…」 「…やだ…」 「楓…」 しばらくの間、なにを言っても楓は俺の胸に顔を埋めたままで。 …仕方ない… 楓のやりたいようにやらせてやるか… そう、腹を括ったとき。 「…ごめん。そんなワガママ言っちゃ、ダメだよね…」 ぼそりと、そう呟いて。 「やっぱ大丈夫。俺はまだしも、蓮くんは普通の生活に戻らなきゃいけないもんね」 楓は勢いよく顔を上げ、俺の胸をとんと両手で押した。 無理やり作った笑みを、貼り付けて。 「違う。俺のことなんかどうでもいいっ!楓がここにいたいって言うなら、俺はいくらだって付き合うからっ!」 離れた身体を、もう一度抱き寄せると。 今度は楓が俺を宥めるみたいに、背中をポンポンと叩いてくる。 「だめだよ、そんなの。蓮くん、俺に付き合って学校いっぱい休んじゃったでしょ?蓮くんいないと、みんな困るだろうしさ。帰らないといけないもん」 「だから、俺のことなんてっ…」 「大丈夫。俺なら、大丈夫だから」 笑んだまま何度も大丈夫だと繰り返す楓は、自分の心を閉ざし、俺の言葉なんてもう聞いてくれなくて。 楓にそんなことを言わせてしまった自分自身の不甲斐なさに、思わずきつく唇を噛んだ。 「…帰ろ?蓮くん。…蓮くんは、元の場所に戻らなきゃ」 結局、押し問答の末に、俺が折れるしかなくて。 佐久間を呼びつけた。 「悪いな」 「いえ…」 エントランス前に着けてもらった車の後部座席に楓を乗せ、その隣に乗り込んでドアを閉めると。 楓は俯いて身体を小さくして、膝の上で白くなるほどに拳を握りしめている。 「楓…?」 どうして急にそんな風になったのか不思議に思って、ぐるりと周りを見渡すと。 バックミラー越し、佐久間と目が合った。 憐れむような 嘲るような 珍しいものを見つけたと言わんばかりの 好奇に満ちた、眼差し 「佐久間」 腹に力を入れて、厳しい声を出した。 「あっ…すみませんっ…」 はっとしたように前を向き、車を発進させたけど。 車を走らせてる間にも、チラチラと楓の様子を窺っているのがわかって。 俺は、その視線から守るように、楓を抱き寄せた。 「蓮くんっ…」 「いいから」 無理やり引き寄せた頭を肩に押し当てて、顔を隠し。 信号待ちの間、またこっちの様子をミラー越しに見ていた佐久間を睨み付ける。 佐久間はビクッと震えて、慌ててアクセルを踏んだ。 全人口におけるΩの割合は僅か数パーセント 生まれ落ちてから死ぬまで Ωに出会うことのない人間も多い しかも 最近は少しずつだけど抑制剤も普及してきて Ωであってもそれを隠して生きられる者もいる だから 佐久間が初めて見たΩを好奇の目で見ることを 一概に責めることは出来ない 楓はこれからずっと 人々の不躾な視線に曝されて生きていかなければならないんだ 「俺が、守るから…」 俺が出来るのはそれしかないから 腕の中で震える、愛しい命を強く抱き締めながら。 何度も紡いだ言葉を、もう一度強く心に誓った。

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