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火食鳥(ひくいどり)27 side春海

九条の大きな屋敷の前で、足を止めた。 「っは…はっ…」 あいつらが帰ってくる前にと、駅から全速力で駆けてきたから。 すっかり上がってしまった息を、両ひざに手を当てて整える。 「はぁ…はぁ…ふぅ…」 何度か深呼吸すると、ようやく息も落ち着いて。 インターフォンを鳴らそうと顔を上げた、ちょうどその時。 長いアプローチの先の玄関ドアがカチャリと開いて。 会いたかった人が、現れた。 「向こうに運べばいい?」 「はい。すみません、お手伝いしてもらって…」 「大丈夫。ずっと部屋の中にいると、気が滅入っちゃうし。ちょうど、外の空気を吸ってこようと思ってたんだ」 大きめの植木鉢を両手で抱えて。 すぐ後ろをついてきた小夜さんに向かって、ふんわりと微笑む。 少し痩せたような気もするけど、佇まいも柔らかい雰囲気も、俺のよく知る楓となにも変わらなくて。 感動にも似た喜びが、一気に溢れてきた。 よかった… 元気そうだ… 声を掛けようと思うんだけど、なんだか姿を見ただけで胸がいっぱいで。 ただ、そこに立ち尽くしたまま、愛おしい姿を目で追ってしまう。 「ここでいい?」 玄関前に広がった大きな庭の隅に、植木鉢を置いて。 パンパンと両手に付いた土を払いながら、顔を上げたタイミングで、不意に目が合った。 『春くん』 いつもの優しい微笑みで そう呼んでくれると思ったのに 「…春…くん…」 俺を見た瞬間、楓の顔から微笑みが剥がれ落ちて。 まるで、恐ろしいものでも見たかのように、大きく目が見開かれて…。 「え…?」 全くの想定外の反応に。 思考回路が、止まった。 なに…? なんで、そんな顔を…? 「まぁ、春海さん。お久しぶりです」 呆然と立ち尽くしていた俺に、小夜さんが声をかけてきて。 それを合図に、楓がふいっと顔を背ける。 まるで、俺に会いたくなかったかのような反応に、冷たいものが背中を流れて。 ようやく、止まってた頭が動き出した。 「う、うん。小夜さん、久しぶり。元気だった?」 「最近、春海さんがあまり遊びにいらっしゃらないから、寂しくて痩せちゃいましたよ」 「またまたぁ~、すっごい元気そうだよ?」 それでも、小さい頃から可愛がってもらってた小夜さんといつも通りの軽い会話を交わしてると、無意識に身体に入ってた力が抜けていく。 だけど、俺と彼女が話している間、楓は気まずそうに目を逸らしたままで。 「今日は、楓さんのお見舞いですよね?」 「あ、う、うん。そうなんだけど…」 「どうぞどうぞ。ゆっくりしていってください」 そんな楓に気がついてないのか、小夜さんは嬉しそうに微笑みながら、その厳つい門を開けた。

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