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火食鳥(ひくいどり)28 side春海
「これ、手作りなんですけど、とても美味しくできたので、是非どうぞ」
小夜さんが、楓の部屋に通してくれて。
コーヒーと、パウンドケーキを持ってきてくれた。
「あ、ありがとう」
ぎこちなくお礼を述べると、小夜さんはいたずらを思い付いたみたいに、楽しそうに微笑んだ。
「実は、楓さんが作ったんです」
「え…?」
「楓さん、器用だから一度目で私より美味しいケーキを作ってしまって…なんか、少し悔しいんですけどね」
「そんなことないよ。たまたまだよ」
小夜さんの言葉に、楓が困ったように微笑んだけど。
やっぱりその表情も、どこかぎこちなくて。
「久しぶりですから、ごゆっくりなさってくださいね」
小夜さんはそんな楓を少し不安そうに見遣りつつ、俺に笑顔を向けて、部屋を出ていった。
二人きりになると、途端に重苦しい沈黙が落ちる。
「あの…ごめんね、突然来て」
楓は俺の顔も見ようともせず、ずっと俯いたままで。
俺もここに来るまではいろんな台詞をシミュレーションしていたのに、そんな楓の姿を見たらなにを話したらいいかわからなくなって。
でもとにかくなにか言わなきゃと思って、謝ってみたら。
「ううん…大丈夫…」
小さくそう言って、首を横に振った。
やっぱり視線は落としたままで。
「でも…思ったより元気そうでよかった。電話も出ないしメールの返信もないし…学校にも来ないからさ。そんなにまだ具合悪いのかって、心配してたんだ」
「…ごめん…」
「龍に聞いても、元気だよって言うだけで、詳しいことなんも教えてくれないし…」
「…ごめんね…」
「いや…別に、謝らなくてもいいんだけど…」
なにを聞いても、楓は顔を上げてくれなくて。
やっぱり俺を避けているかのようで。
ほんの少しの苛立ちが、胸に灯る。
「…なんで、返信くれないの」
そんなつもりはなかったのに、その苛立ちが口調を少し強いものに変えてしまった。
楓はびくっと震えて。
肩を小さくした。
俺を恐れるみたいに
その反応が寂しくて。
悲しくて。
「例えばスタンプとかだけでもいいから、なにか反応することは出来なかったの?俺、ずっと待ってたんだけど」
責めるつもりはなかったのに、ついついキツイ言葉を吐いてしまう。
「…ごめん…なさい…」
それが益々楓を萎縮させるだけだってことは、頭で考えればわかることなのに自分を止められなくて。
「ごめん、ごめんって…それだけ?他に言うことはないの?」
具合が悪いんなら仕方ないと思ってた
でも
久しぶりに目にした姿は思ったりより元気そうで
いつもと変わらなくて
だから尚更
どうしてなにも言ってくれなかったのかと
どうして無視したのかと
苛立ちが
怒りに変わる
「…俺たち、付き合ってるんだよね?それ、俺に対して失礼だとは思わないの?」
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