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火食鳥(ひくいどり)29 side春海

その瞬間。 楓は不自然にびくっと震えた。 「え…?」 膝の上に置いた手を、白くなるほど握りしめて。 小さく縮めた肩は、小刻みに震えてる。 「なに…?どうしたの…?」 嫌な汗が また背中を滑り落ちた 「楓…?」 もうさすがに 楓が変だってことは俺にだってわかる そしてたぶん それは俺が原因なんだとも ガツンと。 ハンマーで殴られたような衝撃が、頭を激しく揺らして。 視界が、ぐらぐらと揺れた。 「…春、くん…」 楓の声は、震えていて。 それを抑えるように、右手を首に当てる。 そうして、ゆっくりと上げた顔は。 見たこともないくらい 苦しそうに歪んでて 「…ごめん…なさい…」 その瞳には 溢れそうなくらいの涙が溜まってて 「…俺…春くんとは…付き合えない…」 まるで自分が死刑宣告を受けたような そんな顔で 君は俺の心にナイフを突き立てた 「…え…?」 一瞬、なにを言われたのか理解できなかった。 「なに…?なんで…?嘘でしょ…?」 だって 俺たち付き合うどころか まだなんにも始まってないじゃん 「なんで…そうなるの…?俺、なんかした…?」 無理やり押し出した声は、震えてた。 楓は、ぎゅっと目をつぶって。 激しく首を横に振る。 「…違うっ…俺の、問題だから…」 「俺の問題…?なに、それ…。え?二人の問題じゃないの?」 「…ごめんなさい…全部、俺が悪い…」 「なに、それ…全然、わかんないよっ…」 なんでこうなったのか 訳がわからない 「ごめんなさい…」 「それじゃわかんないってば…!なに!?俺、なんかした!?」 「違うっ…」 「じゃあ、なんでっ…」 嫌な、予感はあった 既読は付くのに、返ってこないメッセージ それは俺を拒絶しているという、無言のそれに違いなかったから でも、それがなぜかわからなくて… だってそうだろ? 会えなくなる直前 君は確かに俺のことが好きだと言ってくれた 曇りのない透き通るような眼差しで 触れあった唇から移る熱も 嘘偽りのないホンモノの君だったはずだ それなのに、どうして… 「…もしかして…蓮…?」 不意に、あの日の蓮の姿が頭を過った。 『おまえのせいでっ…』 怒りというより 憎しみにすら見える苛烈な眼差し 俺の、せい…? 俺のせいって、なに? 会えなかったこの二週間の間 俺のせいで楓になにかあったってこと…? 「蓮に、反対されたんだろ!?だったら、俺がっ…」「違うっ…蓮くんは、関係ないからっ…」 「でも…それじゃあっ…」 「ごめんなさい…ごめんなさいっ…」 楓は、全部自分のせいだと、それだけを言い続けて。 宥めても怒っても、ただ謝罪の言葉だけを繰り返すだけで。 俺は、楓の身になにが怒ったのか、楓のなかでなにが起こったのか。 楓が本当はなにを思っているのか なにも知ることが出来ないまま、結局最後は楓の言葉を受け入れるしかなかった。

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