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花魁鳥(エトピリカ)2 side龍

「どしたの?すごい不機嫌」 教室に入るなり、俺の顔を見た和哉が心配そうに近付いてきた。 結局、あの後俺たちは一言も会話を交わすこともなく。 目も合わさずに昇降口で別れた。 「…別に」 「…蓮さんと、喧嘩でもした?」 「はぁ!?」 図星を差されて、思わず声が出る。 和哉は心配そうに眉を真ん中に寄せて、俺を見ていた。 「だってさ、最近いつもそんな顔してるじゃん。ずーっと不機嫌だし?それに、蓮さんに対して、なんかよそよそしいし。だから…」 「…喧嘩なんて、してねぇよ」 「え?違うの?」 「違うっつーか…そもそも、兄さんと喧嘩になんか、なんねーし…」 喧嘩ならいい 互いに言いたいことぶちまけられるから 兄さんはそれすら許してくれない いつだって上から押さえつけるだけで 俺の言葉になんて耳を貸そうともしない 俺の存在なんて無視なんだ お父さんと同じように 「龍…?どうしたの…?」 生まれてからずっと 俺は二番目だった なにをするにも、まずは長男の兄さん んで、兄さんがダメだったときだけ俺 いつだって兄さんの代わりの人間 「九条蓮」の弟 お父さんも周りの親戚たちも 俺を俺として認識したことなんてないんだろう そんな、ずっと「兄さんの代わり」だった俺を 初めて見てくれたのは 楓だった 楓だけが、俺のことを真っ直ぐに見てくれた 「兄さんの弟」じゃなくて 本当の俺を だから…… 「龍ってば!どうしたんだよ!」 肩を強く掴まれて。 思考の縁から引き戻された。 「あ…」 目の前には、本気で心配してる和哉の顔。 「本当…変だよ?ううん、龍だけじゃなくて…蓮さんも、春も…みんな、目も合わせないし…蓮さんと春なんか、口もきかないじゃん。あんなに仲良かったのに…。文化祭は、辛うじて上手くいったけどさ…トップの二人があれじゃ、次の球技大会どうすんの…」 そう言って、悔しそうに唇を噛んで。 「…全部、楓のせいでしょ」 忌々しげに呟いた言葉に、無意識にピクッと身体が反応した。 「あれから…楓が倒れてから、みんな変になってる。特に蓮さんは…俺の知ってる蓮さんじゃない。あの人は、いつでも冷静で感情的になることなんて絶対なくて…みんなより一段高いとこから、俺たちを見下ろしてなきゃいけないのに…あれじゃ、俺たちとなんにも変わんないじゃん」 「…和哉、おまえ兄さんのこと神格化しすぎ。兄さんだって、普通の人間だよ」 「違うっ!蓮さんは、普通の人間じゃないっ!選ばれた人なんだっ!あの人の背中には誰よりも大きな翼が生えてること、龍だってわかるだろ!?」 「…いい加減に…しろよ…」 また、だ おまえもかよ 「え…龍…?」 おまえも 兄さんだけを特別だと そう言うのか 『…龍…』 不意に、楓の優しい声が頭の奥で響いて。 胸が、ぎゅっと苦しくなって。 「ちょっと、龍っ!?どこ行くのっ!?」 気が付いたら、走り出していた。 お願いだ 俺を見てくれよ 俺だけを………

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