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花魁鳥(エトピリカ)3 side龍

バタン、と。 勢いよくドアを開けると。 ピアノの前に座っていた人影がびくんと飛び上がって、音が止まった。 「えっ…龍?どうしたの?学校は?」 目を真ん丸にして振り向いた楓の顔を見て。 靄がかかったように霞がかってた目の前が、ぱあっと開ける。 「あ、あれ…?俺…」 なんで家に帰ってきちゃったんだ…? 自分で自分の行動が謎で。 言葉もなく立ち尽くしていると。 楓が、立ち上がった。 「なんか、あった?」 「あ、いや…」 ゆっくりと俺へと歩いてくる。 思わず、一歩後退った。 兄さんにムカついて帰ってきちゃった、なんてガキみたいなこと 恥ずかしすぎて言えねぇ… しかも 半分以上、ただの嫉妬だし… 額に、じわりと冷や汗が浮かぶ。 「あ、あの…楓…」 楓は俺の目の前で立ち止まると、意味をなさないことをボソボソと呟く俺をじっと見つめて。 ふんわりと、優しく微笑んだ。 「こっち、きて?」 「へ?」 「ほら、早く」 楓の長い指が俺の手首を掴み。 引っ張られるがままに、ピアノの傍へと立たされる。 「なに弾く?」 「へっ!?」 「なんでもいいよ。龍のリクエスト、弾くから」 「い、いやっ!俺、クラシックとかわかんないしっ…」 ぶんぶんと首を横に振ると、楓は椅子に座り、そっと鍵盤に手を置いて。 聖母のような笑みを浮かべた。 「クラシックじゃなくてもいいよ。龍が、今聞きたいもの」 今、聞きたいもの…? …それは… 「…アンチェインド・メロディー…」 昔 唯一俺を可愛がってくれたお母さんが好きだった歌 元々身体の弱かったお母さんは いつもベッドの上で窓の外に見える中庭の木々を眺めながら この歌を繰り返し聞いていた 「…あ、でもっ!いいよ、なんでもっ!だって楓、この歌知らないでしょ!?」 俺たちが生まれる前の歌だし それに、お母さんが亡くなったのは、楓がこの家にやってくる半年ほど前で だから知ってるはずはないと そう思っていたのに 「いいよ。アンチェインド・メロディーね?」 微笑んだまま、さらりと言って。 小さく息を吸った。 次の瞬間、美しい音の粒が部屋に舞って。 「Oh…my love…my darling…I've hungered your touch… 」 それと共に、澄み渡った美しい歌声が響いた。 「えっ…」 心臓が止まるくらい、びっくりした 楓がこの曲を知っていたこともそうだけど なによりその歌声に それは ひっそりと湧き出でる清水のように透明で でもどこか力強さも感じさせて 楓自身を表すような優しい歌声 「…すご…い…」 柔らかいピアノの音色と、楓の柔らかい歌声が混ざり合って。 俺を包み込んでくれる。 ピアノは今まで何度も聞いてきたけど、歌声を聞いたのは初めてで。 胸の奥がひどく熱くなって。 その天使の歌声に。 気が付いたら、熱いものが頬を流れ落ちていった。

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