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花魁鳥(エトピリカ)14 side蓮

「なぁ…たまには二人で出掛けてみないか?」 4日後。 ようやくヒートが終わった様子の楓に、声を掛けた。 「え…?」 カーテンを少しだけ開けて、朝焼けの空を眺めていた楓は、びっくりした顔で振り向く。 最近 この部屋にいる時はいつも そうやって空を眺めている その姿はまるで もう二度と自由に飛ぶことのできない 翼をもがれた天使のようで 初めて会った あの頃と同じで だから もう一度 俺が笑顔を取り戻してやりたい あの時と同じように 「ここんとこずっと、家の中にいるだろ?たまには気分転換にさ」 「でも…」 「どこがいい?楓の行きたいとこへ行こう」 その身体を抱き締め、強引にそう決めると。 楓はしばらく困ったように俺を見つめてたけど、やがて小さく息を吐き出して、微笑んだ。 「じゃあ…海」 「え?」 「昔、一度だけ父さんが連れてってくれたの。すごく綺麗で…だから、海を見たい」 まさか、そんな場所が出てくるなんて想像もしてなくて。 絶句してしまった。 海は 諒おじさんが命を絶った場所 それを知らないはずはないのに それとも… だから、なのか…? 「…蓮くん?どうしたの?海、嫌だった?」 無言でその微笑みを見つめていたら、楓は不思議そうに首を傾げる。 「あ、いや…」 戸惑ったけど、自分で楓の行きたいとこなら…って言い出した手前、反対することも出来なくて。 「わかった」 頷くと、楓は嬉しそうに笑った。 電車に乗って。 江ノ島へ向かった。 「あ!この景色、テレビで見たことある!」 路面電車の窓から見えてきた島の姿を見つけ、珍しくはしゃいだ声を出すのを、ひどく愛おしく思う。 と同時に、太陽の光を反射してキラキラと輝く海面を写したような瞳に、内心ホッと息を吐いた。 海に来たいって言い出したときは もしかして父親の後を追うつもりなんじゃないかと ヒヤリとしたから… 「どうしたの?」 いつの間にか、楓の視線は外の景色から俺へと移っていて。 「あ、いや。なんでもない」 慌てて首を振ると。 座席に投げ出していた俺の手を、そっと握ってきた。 「…大丈夫だよ」 「え…?」 「俺は、大丈夫。だって…蓮くんがいるもん」 俺が考えていたことがわかってたみたいに、安心させるような優しい微笑みを浮かべる。 「だから…大丈夫」 何度もその言葉を重ねる姿に、胸が詰まって。 込み上げてきたものを、必死に堪えた。 「うん…なにがあっても、離さないから…」 本当は今すぐにでも強く抱き締めたかったけど、こんな場所じゃ出来るわけもなくて。 握った指先を強く握り返しながら、誓うと。 楓は美しい天使の微笑みで、小さく頷いた。

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