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花魁鳥(エトピリカ)16 side蓮

「俺…もうすぐアメリカへ行くんだ」 「え…?」 そう告げると、楓の表情が凍りついた。 「元々、高校を卒業したら向こうの大学で経営学を学ぶことは、ずっと昔からお父さんに決められてたことで…でも、それを一年早めて、次の春には高校を中退して向こうに渡ろうと思ってる」 「…どう…して…?」 繋いでいた手が、ぶるぶる震えて。 俺は空いている手で、それを包み込む。 「おまえを、一緒に連れていきたいから」 「えっ…」 「向こうで新しい人生を始めよう。楓のやりたいこと、俺も一緒に探すから」 おまえの翼は まだ折れてなんかいない でももうこの狭い世界ではその翼を広げることが出来ないのなら 新しい空を二人で探しにいこう 「…蓮くん…」 「ちゃんと段取りつくまでは、内緒にしておこうと思ってたんだけど…今度お父さんが帰ってきたら、ちゃんと話して、おまえを連れていくことも了解してもらおうと思ってる」 「…そんなことまで、考えてくれてたの…?」 「だって、誓っただろ?ずっと、一緒にいようって」 「蓮くんっ…」 その瞬間、楓はぐしゃっと表情を崩して。 人目も憚らずに、俺に抱きついて泣き出してしまった。 俺はその背中を抱いて、こどもをあやすようにそっと擦ってやった。 「あり…がと…ごめん、ね…俺、自分のことばっかりで…もっと、しっかりしなくちゃね…」 しばらく泣いて。 ようやく顔を上げた楓は、恥ずかしそうに笑う。 「しなくていい。おまえの世話を焼くのは慣れている」 「もう…そんな言い方、ひどい」 わざと大真面目な顔で揶揄ってやると、子どもみたいに頬を膨らませて怒った顔をした。 くるくる変わる表情が、可愛くて愛おしくて。 もう誰にも 触らせたくない 「…楓…」 「ん?」 「向こうに行ったら…おまえを噛んでもいいか…?」 噛み痕が残れば否が応でもΩだとわかってしまう アメリカに行けば もしかしたら楓に合う抑制剤が見つかるかもしれない そうしたら Ωであることを隠して生きられるかもしれない そんな僅かな希望を捨てることが出来なくて 今までうなじを噛むことはしなかった でも 龍がおまえを抱いているのを見た瞬間 怒りで視界が真っ赤に染まった 一瞬だけど その身体を八つ裂きにしても足りないほど 憎いと思った 俺以外の誰かが おまえに触れることは許さない おまえは俺だけの番なんだから 「おまえを…俺だけのものにしてもいいか…?」 声が、少し震えて。 固唾を飲んで、楓の反応を待っていると。 楓はまっすぐに俺を見つめて。 本当に嬉しそうに、鮮やかに微笑んだ。 「うん…噛んで?俺を、蓮くんだけの番にして…」 その姿は 俺だけの美しい天使 「でも、俺英語すごい苦手なんだけど…アメリカ行って、大丈夫かな?」 「俺が教えてやる。スパルタでな」 「えーっ!やだ!勉強教えてくれるときの蓮くん、本気で鬼だもん!」 また頬を膨らますから。 指先で風船のようなそれをつつくと、楓の指が俺の手を捕らえて。 そっと頬に押し当てる。 「蓮くん、愛してる…離さないで…」 陽の光を反射して輝くあの水面のように。 美しく煌めく瞳が、俺への愛を囁いて。 全身が熱いもので満たされていく 「ああ…なにがあっても、絶対に離さないから…」 おまえは俺だけのΩ これから先もずっと 二人だけで生きていこう

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