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花魁鳥(エトピリカ)18 side蓮
ヒートは終わったけれど、龍のいる家に楓を連れて帰る気にはなれなくて。
楓を目黒のマンションに送り、様子を見に一人で家に戻った。
「蓮さん、おかえりなさい。旦那様がお戻りですよ」
玄関に入るなり、小夜さんが奥から駆けてきた。
「えっ…お父さんが…?」
帰国予定はまだ二週間ほど先だったはずなのに…
なにかトラブルでもあったんだろうか?
「ええ。蓮さんが戻られたらすぐに部屋に来るようにと。なんだか難しいお顔をなさってて…何かあったんでしょうか…?」
首を傾げていたら、小夜さんも不安そうな顔をする。
「わかった。挨拶してきます。ありがとう」
安心させるために、笑顔を作って彼女のポンと肩を軽く叩き。
お父さんの部屋へと向かった。
「お父さん?蓮です」
「入りなさい」
ノックして声をかけると、中から硬い声が聞こえてきて。
全身に、緊張が走る。
「失礼します。ずいぶん早い戻りですね?なにかトラブルでも…」
それを誤魔化すために、早口で捲し立てながらドアを開けると。
怒っているように強張った表情の父が、俺を刺すように鋭い眼差しを向けてきて。
思わず、言葉の先を飲み込んだ。
「トラブル、か…そうだな…とんでもないトラブルだな…」
父は、俺の言葉を受け取り、独り言のように呟いて。
「蓮…なぜ、黙っていた」
前置きもなく、唐突に切り出した。
「え…」
「楓のことだ。ヒートが来たこと、なぜ報告しなかった?」
責めるような眼差しに、身体が金縛りにあったように動けなくて。
全身の毛穴という毛穴から汗が噴き出す。
「…龍に、聞いたんですか?」
「私の質問に答えろ。なぜ、私にすぐに報告しなかった?」
「…それ、は…」
「…楓を、抱いたのか?」
感情を圧し殺したような低い声は、初めて聞く声で。
圧倒される強い瞳の力に、逃げ出したくなるけれど。
腹に力を籠めて、その眼差しを真っ正面から受け止めた。
「…はい」
お父さんが帰ってきたら
ちゃんと報告しようと思ってたことだ
今ここで
俺が負けるわけにはいかない
楓のために
「蓮、おまえ…」
お父さんが、小刻みに震える。
「それで、わかったんです。俺と楓は…運命の番なんです」
「っ…バカなっ…!」
俺の言葉に。
お父さんは勢いよく立ち上がった。
その反動で、座っていた椅子が派手な音を立てて倒れた。
「バカなっ…そんなはずはないっ…!そんなこと、あるはずがないっ!」
「本当です。本能で、そう感じたんです。それは、俺だけじゃなく楓も…」
「おまえと楓は、兄弟なんだ!」
強く否定する父を、なんとか説得しようとした言葉は、怒鳴るような大きな声にかき消される。
「それは、戸籍上のことでしょう?本当は俺と楓は従兄弟です。従兄弟同士なら、おかしくは…」
「違う」
「え…?」
見たこともないほど眉を吊り上げた父の手は、真っ白になるほど硬く拳を握り締めていて。
「おまえたちは、兄弟なんだ」
「…なに、を…」
嫌な
予感がした
「楓は…私と諒の子どもだ」
その瞬間
世界が凍りついた
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