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花魁鳥(エトピリカ)19 side蓮
ガンガンと
煩いくらいの耳鳴りが、する
「…うそ…だ…」
「嘘ではない」
世界が、揺れる
「嘘だっ!」
「引き取った時、DNA検査も行った。楓は間違いなく、私と諒の子どもだ」
ガラガラと
今まで立っていた場所が崩れ落ちて
よろけた拍子に壁に背中をぶつけ。
足に力が入らずに、そのままずるりと床に座り込んでしまった。
「…おまえだって、その可能性は考えたはずだ」
冷たい声が頭上から降ってきて。
記憶が蘇ってくる。
確かに一瞬だけ頭を過ったことがある
諒叔父さんがなぜ楓をうちに連れてきたのか
なぜ一人で命を絶ったのか
お父さんが楓を特別に扱うのはなぜか
そして
二人がαとΩであること
でもまさか
実の兄弟でそんなことが起こるなんてと
無意識に否定した
それはたぶん
真実に辿り着くのが恐ろしかったから
「う…ぁーーーっ…!」
両手で、頭を掻き毟った。
「…危惧していたことが…現実になるとは…」
苦し気な声が、落ちる。
頭が割れるように痛み。
吐き気が込み上げてくる。
それでも。
「…楓は…俺のΩです…」
締められたように苦しい胸に、なんとか空気を送り込んで。
言葉を、絞り出した。
「本当の兄弟だろうが、なんだろうが…楓は俺の運命の番だ。楓のことは、絶対に離さない」
「蓮っ!おまえはっ…」
「俺は、あなたとは違う。たとえ弟だからって、この手を離すことはしないっ!」
無理やり顔を上げて睨み付けると。
お父さんの顔に怒りが走ったのが見えた。
「…おまえに…なにがわかる…」
唸るような声音には、怒りと哀しみが入り交じっていて。
「おまえみたいな子どもに…私たちの苦しみが、わかるものか…」
俺を見下ろす姿は、ぶるぶると大きく震えていて。
それを落ち着けるように、目を閉じ、何度か深呼吸をすると。
父は、冷酷な支配者の瞳で俺を再び見下ろした。
「許すことは、出来ない。それがたとえ、運命の番であってもだ」
「っ…お父さんっ!」
「おまえはこの家を継ぐ人間だ。家長として、この関係を容認するわけにはいかない」
「お父さんっ!!」
「おまえは、明日からしばらくアメリカに行くんだ。もう、向こうのコーディネーターには話がついている」
「っ…!嫌だっ!行くのなら、楓も一緒にっ…」
「蓮っっ!!!」
空気を震わせる、大きな声で押さえつけられて。
「おまえは…一人の人間であるまえに、この九条を継ぐ者だ。それを、向こうで頭を冷やして考えてこい」
「嫌だっ!俺は、楓とは離れないっ!」
負けないように、力を入れて怒鳴り返すと。
「っ…佐久間!」
父はドアの外にいた佐久間を呼んだ。
「あ、は、はいっ…!」
「この分からず屋を、さっさと連れていけっ!」
「は、はいっ!」
飛び込んできた佐久間が、俺の二の腕を掴む。
「離せっ!」
「蓮さん、お願いです!目を覚ましてくださいっ!」
「俺は正気だっ!」
その手を逃れようとするけど、俺より体格のいい佐久間を振り解くのは、簡単なことではなくて。
もがいているうちに、羽交い締めに捕らわれてしまった。
「離せっ!俺は、アメリカには行かないっ!」
「蓮さんっ!お願いですから、旦那様の言うことをっ…」
「うるさいっ!」
それでも、渾身の力を振り絞ってその腕を抜け出し。
ドアノブに手を掛ける。
「蓮さんっ!」
けれど、鍵を開ける一瞬の隙に、また捕らえられて。
「佐久間!その馬鹿をさっさと大人しくさせろっ!」
お父さんの怒鳴り声が響いた直後。
首の後ろに、チクッと鋭い痛みが走った。
「おまえっ、なにをっ…!?」
「蓮さん、すみませんっ…!」
振り向いた瞬間。
ぐらりと視界が揺れた。
「な、にっ…」
全身から力がストンと抜け落ちて。
佐久間の腕の中に倒れこんでしまう。
意識が、強制的に深いところに引き摺られていく。
「…くそっ…」
父を睨もうとしても、視界はもう、霧の中のようにぼやけていて。
「やめろ…いや…だ…」
帰らなくちゃ…
俺は楓のところに
帰らなくちゃいけないのに……
楓…
待ってろ…
もうすぐ………帰る…………から……………
「後のことは、おまえに任せる。向こうでの動向は、逐一報告しろ」
「はい。旦那様…」
二人の会話を遠くに聞きながら。
意識が途切れる寸前に浮かんだのは。
天使のような微笑みを浮かべた楓の姿だった
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