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花魁鳥(エトピリカ)20 side楓

『おかけになった電話は、現在使われておりません』 もう何度も繰り返し聞いた機械の無機質な声に。 全身がガタガタと震えた。 「…どう、して…」 突然、蓮くんの携帯が繋がらなくなった 江ノ島から戻ってきたマンションに俺を置いて 一度家に帰って、荷物を取ったらすぐに戻ってくるからと 待ってろって言って、優しく頬にキスをくれた なのに、日付が変わっても戻ってこなくて 夜中だけど、と躊躇しながら電話してみたら 呼び出し音は鳴るのに出てくれなくて 翌日も、そうで 不安になりつつも 他に蓮くんと連絡を取る手段もないから 何度も電話を掛けたけど やっぱり出てくれなくて その日の夜 突然あの機械の音声になってしまった 「蓮くん…どうしたの…?なにがあったの…?」 繋がらないスマホに問いかけても、答えなんて返ってこない。 「蓮くん…蓮くん…」 俺は、一人取り残された子どものように、お揃いで買ったブレスレットを握り締めたまま、震える身体を小さくして踞るしか出来なくて。 「帰ってきてよ…」 お願い 一人にしないで…… 「ひとりは…もうやだ…」 涙が零れた、その時。 玄関ドアの開く音が、耳に飛び込んできた。 「蓮くんっ…!?」 縺れる足をなんとか動かして、玄関へ駆けていくと。 そこにいたのは、待っていた人じゃなくて。 「…龍…」 無意識に、声が震えた。 龍はひどく暗い顔で、玄関の三和土に佇んでいる。 「…どうして…?蓮くんは、どうしたの…?」 恐る恐る訊ねると、ぴくっと震えて。 ゆっくりと、床に落としていた視線をあげた。 その瞳は、墨で塗り潰したみたいに真っ黒で。 一瞬で、恐怖が俺を支配する。 「…兄さんは、もう来ないよ」 震えながらも、足がすくんで動けない俺に。 氷のように凍てついた声で、龍が告げた。 「え…?」 「一人で行ったよ。アメリカに」 目の前が 真っ白になった 「…ぅ…うそだっ…!」 「本当だ。たった一人で、おまえを置いて」 「うそだっ!うそっ…そんなはずないっ…!」 だって約束した 一緒に連れてってくれるって ずっと離さないって あれはたった3日前のことなのに 「うそっ!信じないっ!蓮くんは約束してくれたっ!一緒に行こうって!だからっ…一人で行くはずなんてないっ!」 渾身の力を振り絞って叫ぶと。 龍は苦しそうに顔を歪める。 「…俺だって…信じたくないよ…」 「え…?」 「俺だってっ!信じられるかよっ!」 吐き捨てるように叫んで。 乱暴に靴を脱ぎ、大股で俺に近付くと。 逃げ遅れた俺の喉に手を掛け、強く締め上げてきた。 「りゅ…ぅっ…」 息が 出来ないっ…… 「ぐっ…ぅ…」 「なんでだよっ…なんで…なんでΩなんだ…なんで兄さんなんだよっ…なんでっ…なんであんたはっ…!」 「…ぅ…ぁっ…」 薄れていく意識のなか、必死に手足を動かして。 「なんでっ…うわっ…!」 右足に衝撃が響いた瞬間、一気に酸素が入ってきた。 「うぅっ…げほっ…げほっ…」 冷たい床に踞り、狭まった気道に何度も酸素を取り込む。 「痛って…楓、おまえっ…!」 玄関まで吹っ飛んだ龍が起き上がり。 鬼みたいな形相で、また俺へと向かってきた。 「げほっ…い、やっ…」 床を這って逃げようとしたけど、すぐに龍が上に跨がってきて。 「嫌、だっ…」 思わず振り上げた左腕を、取られる。 「…これ…兄さんと同じ…?」 そこに填まっていたブレスレットに、龍が目を大きく見開いた。 「…っ…離してっ…!」 「なんで…同じものなんか着けてるんだよ…」 ブレスレットに、手を掛けられる。 「やだっ!龍っ!」 「こんなものっ…」 「やめてーーーっ…」 手首に鋭い痛みが走って。 弾け飛んだ黒い石と 緑色のターコイズが宙に舞うのを スローモーションのように見ていた

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