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花魁鳥(エトピリカ)22 side楓
「楓さん、お加減はいかがですか?」
小夜さんの優しい声に、そっと目を開けた。
「ん…大丈夫…」
「私にまで、無理して笑わないでください。私になら、ツラいっておっしゃっても大丈夫ですから…」
「…ホントに、大丈夫だから…」
無理やり笑みを顔に貼り付けると。
小夜さんは心配そうに眉を下げた。
結局、龍に無理やり九条の家に連れ戻された。
あれからずっと微熱が続いてて。
身体もひどく怠くて。
家に戻ってからずっと、ベッドから出ることが出来なくなっていた。
でも、ちょうどいいのかも…
主のいない蓮くんの部屋を見てしまったら
どんなに取り乱すかわからないから…
「…傷口の消毒、しますね」
眉を下げたままの小夜さんに促されて。
怠い身体を起こし、肩の包帯を取った。
「…ひどい傷…どうやったら、こんな傷が出来るんです?なにか…酷いことをされたんじゃないですか?」
肩の裂傷に消毒液を塗りながら、小夜さんが泣きそうな、でも怒ったような顔をするから。
「ううん…大丈夫だよ…」
また笑って、いつもの笑みを貼り付ける。
「…この傷、ちゃんとお医者様に見てもらった方がいいと思います。このままじゃ、ひどい傷痕が残ると思いますから…」
「ん…考えとく…」
曖昧な返事をすると、小夜さんは大きな溜め息を吐いて。
でもそれ以上はなにも言わずに、きれいに包帯を巻いてくれた。
「お粥、作ってきたんですよ?一口でいいから食べていただけませんか?」
そうして、今度は優しい笑顔で傍らに置いてあった土鍋を指差す。
「…あんまり、食べたくないから…」
「そうかもしれないですけど、無理してでも食べないと体力戻りませんよ?楓さん、帰ってらっしゃってから水分しか採ってないから…このままじゃ、もっと体調悪くなってしまいますよ…」
「…うん…ごめんなさい…」
「一口だけでもいいから…ね?」
まるでお母さんみたいな優しい微笑みで促されると、きつく突っぱねることも出来なくて。
「じゃあ、一口だけ…」
仕方なく頷くと、小夜さんはぱっと明るい顔になって。
お粥をれんげで掬って、ふーふーと息を吹き掛けた。
「はい、どうぞ」
何度もふーふーしてくれて。
れんげを口元に持ってきてくれる。
口を開けて、それを入れようとした瞬間。
ご飯の匂いが鼻をついて。
急に吐き気が込み上げてきた。
「ううっ…」
「楓さんっ!?」
両手で口を抑え、慌ててベッドを転がり落ちて。
トイレまで行く余裕もなく、部屋にあったゴミ箱に胃の中のものを吐き出す。
「楓さんっ、大丈夫ですか!?」
「うぇっ…げほっ…」
小夜さんが背中を擦ってくれたけど、なかなか吐き気は治まらなくて。
この数日なにも食べていないから、黄色い液体しか出ないけど、それすらも出なくなるまで吐き続けた。
「ごほっ…ごめ…ありがと…」
「楓さん…」
もう身体に力なんか入らなくて。
俺より一回り小さな身体の小夜さんに支えてもらいながら、ベッドに戻る。
「…楓さん…あの…もしかして…」
「ん…?」
「あ、いえ…なんでもありません」
再びベッドへ横になった俺に布団をかけてくれながら、なにかを言いかけたけど。
すぐに口を引き結んで、頭を数回振り。
優しい微笑みを浮かべた。
「ご飯の匂いがダメなのかもしれませんね。後でうどんを作ってみます」
「うん…ごめんね…ありがと…」
「いえ。お気になさらず、楓さんはゆっくり休んで…」
小夜さんの優しい手がそっと頬に触れた時。
部屋をノックする音が聞こえた。
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