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花魁鳥(エトピリカ)25 side龍
「妊娠してますね」
医者の言葉に、楓は右手で自分の腹を押さえた。
「…ほんと…ですか…?」
「ええ。3週目に入ったところですよ」
そうして。
それまで能面のようだった顔を、綻ばせる。
その微笑みからは、抑えきれない喜びが溢れていて。
またどろどろとした真っ赤なマグマが
身体の奥から噴き出した
「ただ…Ωの男性の出産は、女性の出産よりリスクが高い。それに、あなたはまだ若いし…身体がまだ成熟しきってないと、リスクはさらに上がります。最近、あまり食事を採ってないのでは?」
「あ…はい…食欲が、あまりなくて…」
「悪阻もきついかもしれませんが、赤ちゃんのためにも安定期に入るまではきちんと栄養を採って、安静にしてください。じゃないと、元気な赤ちゃんに会うことが出来ませんから…」
「その必要はない」
堪らず、優しく語りかける医者の言葉を遮った。
「今すぐ、その子どもを堕ろしてください」
「龍っ…!?」
そう告げると、浮かんだ笑みはすぐに剥がれ落ちる。
「え…?いや、それは…」
「龍っ!嫌だっ!俺、この子を産みたいっ…!」
「駄目だ。許されない」
「龍っ…!!」
悲鳴のような叫び声が、響いて。
「俺っ…なにがあっても、この子を産むからっ…!」
宿ったばかりの命を俺から守るように、腹を両手で抱え込んだ。
「駄目だって言ってるだろ」
「なんでっ…」
「あの…そういった大切なことは、ちゃんとお二人で話し合わないといけませんよ」
言い争う俺のたちの間に、医者がやんわりと割って入る。
「どういう事情がおありかはわかりませんが。今は、彼の身体を大切にしてあげてください。父親なら、この時期になにかあればお腹の子どもだけでなく、彼の命だって危なくなることがあるということも、知っておいてくださいね」
俺が父親だと勘違いしている医者は、諭すようにそう告げて。
「…わかり、ました…」
とりあえず、この場は一旦引くしかなかった。
「…どうして、あんなこと言うの…」
自分の部屋のドアを開けた楓に続いて、部屋に入ると。
怒りを抑えきれない低い声で、楓が訊ねた。
「この子は、俺と蓮くんの子どもだ。だから、絶対に堕ろしたりなんかしないっ!」
「…だから、だよ…」
初めて向けられた、怒りに満ちた眼差し。
それに負けないよう、俺も腹に力を入れて睨み返す。
「…どういう意味?」
「その子は…産まれてきてはならない子どもだ」
「産まれてきてはならないって…なに、言ってるの…?」
楓の瞳が、揺れた。
「…兄弟、なんだよ」
「え…?」
「楓と…俺たちは、実の兄弟なんだ」
「…なに…言ってるの…?俺のお父さんは、九条のお父さんの弟なんだから…」
「じゃあ、おまえの母親は?」
「それ、は…」
声が、震えた。
狙った獲物を追い詰めるような
ゾクゾクした感覚が
俺を支配していく
「おまえを産んだのは、Ωだった諒叔父さん。そして、その相手は…俺たちのお父さんなんだってさ」
兄さんとのやり取りを盗み聞きした真実を、告げると。
ひゅっと、楓の喉が音を立てた。
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