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花魁鳥(エトピリカ)27 side楓

どうしよう… どうしたらいいんだろう… どうしたら、この子を守れる…? いくら考えても、良い案なんて浮かんでこない。 俺はもうすぐ、沖縄へ送られてしまう。 その前に、なんとかしなきゃいけないのに…。 それに。 龍があれで諦めたとは思えない。 あいつは誰よりも真っ直ぐで、曲がったことが大嫌いで。 自分が進む道を決めたら、猪突猛進に突き進むところがある。 普段はそれが良いとこなんだけど、自分を曲げることを知らないから… きっと、またこの子を堕ろせって言い出すに決まってる。 そうなったら… 「蓮くん…俺、どうしたらいいの…?」 これからのことを考えると、不安で胸が押し潰されそうで。 枕の下に手を突っ込み、そこに置いてあった小さな青い巾着袋を掴んで。 その中から、あの日に拾い集めた黒い石とターコイズを取り出した。 バラバラになったそれを、ぎゅっと握り締めて胸に当てる。 「…怖いよ…お願い…傍にいてよ…」 蓮くんさえいてくれたら どんなことだって乗り越えられるのに… 「蓮くん…蓮くん…」 名前を呼んだら、胸が苦しくなって。 目頭が熱くなって。 滲んだ涙を、溢れないように袖口でごしごし擦って拭った。 泣いてる場合じゃない どれだけ心で叫んでも 蓮くんが戻ってくることはない この子を今、守れるのは 俺しかいないんだ 「しっかりしなきゃ…」 気合いを入れるために、パンと両手で頬を叩く。 「痛っ…」 痛みで、頭が少しだけはっきりした。 ここはダメだ ここには俺の味方なんて一人もいない でも… じゃあどこへ行けば…… 「楓さん?入ってもよろしいですか?」 無限ループのような思考に囚われていると。 ノックの音と共に、小夜さんの声が聞こえてきた。 「あ、うん…どうぞ」 咄嗟に手の中のターコイズを袋に戻し、ズボンのポケットに突っ込んだタイミングで、ドアが開いて。 心配そうな小夜さんが、顔を覗かせる。 「お加減はどうですか?気分は悪くありませんか?」 「あ…うん。大丈夫…」 「野菜スープを作ってみたんです。食べてみませんか?」 そう言って。 お皿の乗ったお盆を手に、ベッドの傍へ跪いた。 そっと差し出されたそのお皿の中には、形が崩れるまで煮込まれた野菜の入ったとろとろのスープ。 「これなら、悪阻(つわり)がひどくても食べられるかと思って…」 スプーンを添えて手に乗せられたそのスープからは、コンソメの優しくて良い匂いがして。 本当に久しぶりに、空腹感を感じて。 少しだけ掬って口に入れると、野菜の甘味が口の中いっぱいに広がって。 「…美味しい…」 素直な気持ちが、溢れる。 「本当ですか!?よかった…」 もう一口運んだ俺を、小夜さんは涙を浮かべながら見つめていて。 そのマリアさまのような優しい眼差しの中で、気が付いたらスープを全部飲み干していた。 「ごちそうさま。美味しかった…」 本当に久しぶりに食べ物を食べて、美味しいと思えたことが嬉しくて。 自然に笑顔になれる。 「よかった…やっと、本当に笑ってくれた…」 小夜さんも嬉しそうに笑って、俺の手を握った。 「楓さん。誰がなんと言おうと、私は楓さんの味方ですから」 「…小夜さん…」 「楓さんが赤ちゃんを産みたいって言うなら、私も協力します。もしもこの家のみんなが反対したら…私の田舎に二人で行きましょう」 「田舎…?」 「はい。東北の雪深いところですけど…自然がいっぱいで、子育てするには良い環境ですよ」 「…どうして…?どうして、そんな優しいこと言ってくれるの…?」 みんな この子はいらないって言うのに… 「私…どうしても子どもを授かることができなかったんです。だから、妊娠するということがどんなに奇跡的なことなのか、知ってます。それに…赤ちゃんの頃からお世話してきた蓮さんは、私にとって実の子どものようなもの。だから、この子は私にとって孫と同じなんです。蓮さんが戻ってくるまでお守りすることは、私の義務みたいなものですから」 「小夜さん…ありがとう…」 そのあったかい言葉に。 心からの感謝を伝えようとした。 その時。 「え…」 ぐらりと視界が揺れて。 突然、身体に力が入らなくなった。 「楓さんっ!?」 崩れ落ちるようにベッドに沈んだと同時に、意識が急激に遠退いていく。 なに、これ…!? 「楓さんっ!?どうしたんですか!?楓さんっ…」 小夜さんの声も、段々と遠くに聞こえて。 真っ暗な闇が 落ちてくる 「楓さんっ…楓さんっ……」 『……楓……』 ……蓮くん…… 愛しい面影に手を伸ばそうとしたところで 意識が途切れた

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