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花魁鳥(エトピリカ)29 side楓

ごめんなさい… 「楓さん…」 ごめんなさい… 「すみません…私が、あんなもの食べさせなければ…」 ごめんなさい… 「あのスープに…龍さんが睡眠薬を入れたことに気付いていたら…」 守れなくて ごめんなさい… もっと早く 決断するべきだった 後悔したって もうなにもかも遅いけど 蓮くん… 愚かな俺を許して… ごめんね… 守れなかった俺を許して…… 目を開くと、辺りは真っ暗で。 枕元を照らす、ほんの少しの灯りを頼りに部屋を見渡すと、ベッドに横たわる俺の足元に小夜さんが突っ伏して眠っているのが見えた。 龍の姿がないことにほっと息を吐き。 小夜さんを起こさないように、細心の注意を払って身体を起こす。 さっきまで指を動かすのすら億劫だった身体の怠さは、少しマシにはなっていたけど。 それでも起き上がれば目眩がして、またベッドへと逆戻りしそうになる。 …急がなきゃ… もたもたしてたら 龍に噛まれて番にされてしまう 蓮くん以外の人に番にされるくらいなら 死んだほうがマシだ 言うことを聞かない身体を必死に動かして、ベッドを抜け出す。 床に足を着け、一歩踏み出すと。 殴られた頬がひどく痛んだ。 「うっ…」 込み上げてきた涙を、必死に飲み下す。 泣くのなんていつでもできる 今はとにかく 龍に捕まる前にここを出なくちゃいけない 余計なことは考えないように、頭を空っぽにして。 病室に備え付けられていたサイドチェストの引き出しを開ける。 一番下に、俺の服が綺麗に折り畳まれて入っていて。 ドキドキと煩く鳴る心臓の音を聞きながら、取り出したズボンのポケットを探った。 …あった… 指先に当たった、固い感触。 あのターコイズが捨てられてなかったことにほっとして。 急いで服を着替え、そっと病室を出た。 早く… 早く行かないと… 気ばっかり焦って、身体は思うように前に進んでくれないけど。 病室を抜け出してみれば、そこはこじんまりとした小さな医院だったようで。 近くにあった裏口みたいなところの鍵を開け、ドアを開くと、すぐに外に出ることができた。 真っ暗闇のなか。 人通りのない道を、宛てもなく歩き出す。 どこ…行こう… でもとにかく なんでもいいから龍から離れなくちゃ… 重い身体を引き摺るようにして歩いてると、ふとあの海が思い出された。 蓮くんと二人で行った あの江ノ島の澄み渡った海 どうせ死ぬなら あの場所で死にたい でも、ここはどこなんだろう… 駅はどっちかな…? でも、駅に着いたとしても 財布も持ってないから電車には乗れない 歩いて… 行けるのかな… 俺は どこに行けばいいんだろう… 「蓮、くん…」 すがるような響きの声は、薄紫色に染まった朝焼けの空に虚しく消えた。 とにかく南に向かえばいいんだろうと、少しずつ明るくなっていく東の空を左手に見ながら歩いたけど。 一歩足を踏み出すことに、身体に一個鉛がついていくように、重くなる。 さっきからお腹の下の辺りがひどく痛くて、段々と頭の芯がボーッとしてくる。 「は…ぁっ…」 足が、止まった。 そのとき、なにか液体のようなものが足を伝う嫌な感触がして。 思わず視線を下げたら、履いてるジーンズの内側が赤黒く染まってた。 これ… …血…? 「あぅっっ…」 ズキン、と激しい痛みがお腹を突き刺して。 その場に崩れ落ちるように座り込んだ。 太陽の光が世界を照らし出すのに比例するように、少しずつ増えてきた街を歩く人たちは。 道端に座り込んだ俺を迷惑そうに見下ろし、すぐに興味を失ったように自分の行くべき場所へと歩き去っていく。 まるで 俺だけひとりぼっちで世界に取り残されたような気がして 這うようにして、ビルとビルの狭い隙間に身体を寄せると。 目を閉じた。 お腹だけじゃなくて、頭もズキズキと激しく痛む。 息が苦しい。 もう、指一本動かすことすら、出来そうになくて。 俺… ここで死ぬのかな… それならそれでいいか… なんでもいいから 早くあのこのところへ行きたい… 待っててね… 今、そこへ行くからね… 『…楓…』 蓮くん… ごめんね… 本当はもう一度君に会いたかったけど 俺、君に合わせる顔がないから… もう 君には会え、ない… ご…めん…ね… 『…楓…ダメだ…』 「…蓮…く…」 「ねぇ…あんた、大丈夫?」 ごめんね… 俺… 君の番に なりたかったよ…… 遠退く意識のなか、なんとか動かした指先に。 ターコイズが触れた。 それを握り締めながら。 俺は意識を手放した。 第一部  END

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