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不如帰(ホトトギス)1 side春海
10年後 ──────────
「やば…」
腕時計を確認すると、約束の時間の10分前で。
俺は早足で、ホテルのロビーを横切った。
こういう時に限って、エレベーターはなかなか来なくて。
最上階のフレンチレストランの前に着いたのは、もう5分前。
「いらっしゃいませ」
「19時に予約していた藤沢ですが」
「藤沢様ですね?お待ちしておりました。お連れ様はもうお待ちです」
やっぱり…
「ご案内致します」
案内のボーイの後を歩きつつ、これから向けられるであろう不機嫌な眼差しを想像するだけで、溜め息が出た。
会話の邪魔にならない程度に静かにクラシック音楽が流れるなかを、窓際へと歩いていくと。
天井から床まではめられた大きな窓ガラスの向こうに広がる大都会の夜景を見つめている、ピンと伸びた背中を見つける。
「あちらです」
「ありがとう」
俺がボーイに案内の礼を述べると、振り向いて。
想像した通りの不機嫌な顔を向けた。
「…遅い」
「ごめん。出掛けに電話が入っちゃってさ…」
「約束の時間の15分前には着いてるのが、常識だろ」
「いいじゃんか。遅れてはないんだから」
肩を竦めながら、向かい側に座ると。
ますます、眉間のシワを深くする。
「…俺は、おまえのそういうところが嫌いなんだ」
「はいはい、悪かったね~」
キツめの言葉を軽くいなすと、大仰な溜め息を吐かれた。
普通なら、こんなことを言われれば多少はムッとするけど。
長い付き合いで、悪気がないことはわかってるから、別にどうということはない。
昔は優しくて真っ直ぐなヤツだったんだ。
人が変わったように見えても、きっと根っこは変わってない。
誰もわからなくても、俺だけはわかってるから。
また窓の外へと視線を向けた横顔を、見つめる。
「気に入ってくれた?この夜景」
「別に。夜景なんて、人工的なネオンの集まりだろ」
「夢がないなぁ~」
「…夢なんて、いらないし」
「あっそ…」
とりつく島もない素っ気ない言葉に、思わず肩を竦めると。
ちょうど、食前酒が運ばれてきた。
「それじゃ、乾杯するか。九条コーポレーションの、副社長就任を祝って」
グラスを持ち上げ、わざと明るい声を出す。
「…乾杯なんて…いらねぇよ…兄貴がいなくなったから、棚ぼた式に回ってきた役目だし…」
目の前の男──龍は、グラスに手を掛けたまま、ふいっと視線を逸らして呟いた。
「…それだけじゃないだろ。九条のおじさんは、身内だからってそういう甘さは許さない人だって、うちの親父が言ってた。蓮が九条の跡継ぎを捨てて、行方をくらましてから…おまえが親父さんの期待に応えようと、血の滲むような努力をしてたのを、誰よりも俺が知ってる。だから、もっと胸を張って堂々としてろよ。おまえは蓮の代わりじゃない。九条龍っていう、たった一人の人間として、今の場所に立ってるんだから」
お世辞でもなんでもない、本気の言葉を唇に乗せると。
ゆっくりと視線を俺へ戻し、口をへの字に曲げた。
それは
照れてるときの龍の癖
素直じゃないんだから…
つい笑いが漏れそうになるのを必死で抑えつつ。
もう一度、グラスを翳してみせる。
「ほら。乾杯するぞ」
強引に言うと、しぶしぶといった風情でグラスを持ち上げる。
「じゃあ、改めて。副社長就任、おめでとう」
「…ありがとう」
戸惑いがちにグラスを合わせてきた龍は、どこか照れくさそうに見えた。
(作者より)
大変お待たせ致しました。
待っててくださった皆さま、ありがとうございます!
とはいえ、あまり執筆自体は進んでおらず…
休み休みになるかと思いますが、ゆっくりお付き合いいただければ幸いです。
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