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不如帰(ホトトギス)4 side春海

結局、その後はあまり話も弾まず。 お開きの時間になった。 「じゃあ…」 「うん。今日はお祝いありがとう」 「いや…」 次の約束を取り付けたかったけど。 その先を言い出すことが出来ない。 なんか気まずくなっちゃったし… しばらく間を開けた方がいいかも… 迎えの車に乗り込む背中を見送りながら、こっそり溜め息を吐くと。 後部座席の窓が開いて、龍が顔を出した。 「また…誘ってよ。今度は俺がおごるし」 ほんの少しだけ微笑みながら、俺が言えなかったことを言ってくれる。 「え…いいの?」 「うん。久しぶりに会えて、楽しかった」 「ホント?」 「ああ」 その微笑みに、嘘はなさそうで。 「じゃあ、近々連絡する」 「待ってる。今度は春海の話、聞かせてよ。なんで、経営側じゃなくて、研究部門に行っちゃったのか、とか」 「別に、たいした理由じゃないよ。俺には親父みたいなビジネスの才能はないなって思っただけ」 「そうかな?」 「そうだよ」 「ふーん…まぁ、その辺りも詳しく聞かせてもらうから」 そう言って。 ニヤリと意味ありげな笑みを見せた。 「じゃあ、また」 「うん。またな」 その顔が、昔よく見たやんちゃな龍そのもので。 嬉しさのままぶんぶんと手を振ったら、恥ずかしそうに頬を赤く染めつつ、片手を上げて。 龍を乗せた車は走り出した。 「ふふっ…かわいいヤツ」 その車が見えなくなるまで見送って。 タクシー乗り場へと移動しながら、さっき着信のあった番号へリダイアルする。 『ちょっと!なんで切るんだよ!』 ワンコールで繋がった向こうから、怒鳴り声が聞こえてきた。 「龍と、メシ食ってたんだよ」 『あ…そう…』 だけど、こっちが冷静に答えると、すぐにトーンダウンする。 『…龍は、元気?』 「ああ。九条コーポレーションの副社長就任が決まったから、そのお祝いだよ」 『え…あ…そっ、か…正式に、跡継ぎに決まったんだ…』 向こう側の声は、ひどく残念そうな響きで。 「…仕方ないだろ。放棄したのは、そっちだぞ」 若干の苛立ちを感じたのが、つい素っ気ない口調に現れてしまった。 『…わかってるよ』 「んで?今日はなんの用?…あ、赤坂方面に向かってください」 タクシーの扉が俺を迎えるように開いて。 それに乗り込みながら、行き先を告げる。 『あ、ごめん。移動中だった?いや、この間の味噌をまた送ってもらおうと思ってさ』 「…そんな用事かよ」 『だって、この間春が送ってくれたやつ、蓮さんすごい気に入ってくれてさ!こっちで探したけど、ないんだもん!朝はやっぱ、味噌汁作ってあげたいし…』 「…自分の親に頼めばいいだろ」 『あんな高い味噌、ただのサラリーマンのうちの親には頼めない』 「あ、そ…」 つい、大きな溜め息が出た。 最近研究室に入ってきた若いのが、実家が味噌作ってるとかで、あまり出回ってないらしい高級な味噌を大量にもらってしまって。 独り暮らしの俺だけじゃ捌ききれないから、アメリカにいる和哉へと送ってしまったんだ。 「つーか、おまえ主婦なの?蓮の仕事のパートナーになりたくて、アメリカまで追いかけてったんじゃなかったっけ?」 『だってしょうがないじゃん!蓮さん、そういうの一切出来ないんだもん!』 「…だろうな」 完璧人間に見えて 実はいろいろと不器用なヤツだから 「わかった。近々送るよ」 『ん、よろしく。あ、でも急いでね?俺たち、日本に戻るかもしれないから』 さらりと告げられた事実に。 「え…?」 息を、飲んだ。 『この間知り合った日本の会社の社長が、蓮さんをヘッドハンティングしようとしててさ…まだ、悩んでるみたいだけど…俺、絶対あの人を日本に連れて帰るから』 「え…」 『あ、やべっ!仕事に戻んなきゃ!じゃあね!』 「あ、ちょっと、和哉っ…!」 もっと詳しく聞きたかったのに、一方的に通話は切れて。 俺は息を大きく吐き出して、窓の外へと視線を向ける。 いつの間に降りだしたのか、窓には雨粒がいくつも付いていて。 夜なのに昼間のように明るい街は、滲んで見えた。 想定していなかった和哉の言葉に、俺の脳裏にはあの頃の景色が次々に蘇ってきて。 その中に必ずある 寄り添うように立っていた二人の姿 「…楓…今、どこにいる…?」 雨に煙る街へと投げた言葉は、明るくて暗い世界に虚しく溶けた。

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