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不如帰(ホトトギス)8 side志摩

しばらく抱き締めてもらってると、少しずつ呼吸も落ち着いてきて。 「あの…も、大丈夫です…ありがとう、ございます…」 両手でそっと胸を押すと、その人はもう一度頭を撫でて、僕を離した。 呼吸が落ち着くと、少し頭もはっきりしてきて。 ここはどこなんだろうと、周りを見渡してみる。 真っ白い壁と真っ白い床。 ベッドの横には、点滴のぶら下がってるスタンド。 病院…なのかな…? 「ここは、(ほまれ)さんの経営する診療所だよ」 僕の様子を見て、僕の疑問を感じたのか。 先にそう説明してくれた。 「この人は滝田誉さん。この診療所の医院長さん」 そうして、さっき飛び膝蹴りを受けてすっ飛んでった人を、ベッドの側に立たせる。 「え…お医者、さん…?あ、あのっ…ごめんなさい…僕、さっき…僕のせいで、あの…」 白衣も着てないから、まさかお医者さんだなんて思わなくて。 僕が思いっきり怖がっちゃったせいで、酷い目にあっちゃったことを謝ろうとすると、誉さんは細い目をますます細くして、優しい微笑みを浮かべた。 年の頃は40過ぎくらいだろうか? 笑うと目がなくなって、目元にたくさん出来る小皺が優しそうな雰囲気を強調する。 「いやいや、志摩くんが謝ることないよ」 「そうだぞ!悪いのは、医者らしくないこいつだ!」 厳つい人が、また怒った顔で誉さんに噛みついた。 「那智…らしくないって、ヒドイ…」 「だったら白衣着ろよ!」 「もう…やめなって。志摩くんがびっくりしてるじゃん。あ、この人は誉さんの恋人で、相馬那智さん。顔はヤクザみたいだけど、本当はとっても世話好きで情に厚い優しい人だから。だから、怖がらなくていいからね?」 厳つい人の名前は那智さん。 背はちょっと低めだけど、服を着てても筋肉モリモリなのがわかって。 声もおっきいし。 いい人だろうなってのはわかるけど ちょっと、怖いです… 「ちょっ…柊っ!てめぇ、なにこっ恥ずかしいことさらっと言ってんだ!」 「それが、那智のいいところだよねぇ~。ホント、そういう照れ屋さんなところ、可愛いよ」 耳まで真っ赤になった那智さんの肩を、誉さんがぐっと抱き寄せて。 また怒鳴るかと思ったら、ぎゅっと口を結んで目を泳がせた。 あれ…? 照れてる…? なんか、意外に可愛い、かも… 「う、うるさいっ!30過ぎのおっさんに、可愛いもくそもあるかよっ!」 「年なんか関係ないよ。那智はおじいさんになっても、きっと可愛いよ?」 「ばっ…かやろっ…」 誉さんが愛おしげにぎゅっと抱き締めると。 那智さんは恥ずかしそうにしながらも、その背中に腕を回して。 幸せそうに、寄り添い合う。 なんか、見てるこっちが恥ずかしくなって思わず目を逸らすと。 その人は、なぜか苦しそうに片手で首もとを押さえながら、二人を見つめていて。 「あの…柊、さん…?」 知ったばかりの名前を呼ぶと、ハッとした顔で僕を振り返り。 困ったように小さく笑って、目を伏せた。 それは 今にも消えてしまいそうな儚い笑顔で なぜか、僕の心がちくりと痛んだ。

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