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不如帰(ホトトギス)9 side志摩

「はい、息を吸って~、吐いて~、もう一回吸って~」 那智さんに怒られて、ようやく白衣を着た誉先生が、僕の胸やお腹に聴診器を当てる。 そうやってるとちゃんとしたお医者さんに見える 白衣の効果って絶大だなぁ 「吐いて~吐いて、吐いて~、はい、ひっひっふー」 「へっ!?」 「バカ!ラマーズ法なんかやらせんな!」 バチンと、那智さんが誉先生の頭を叩いて。 「いや~ごめんごめん。つい、ね」 先生はヘラヘラと笑った。 …前言撤回 ちゃんと、じゃなくて ふざけたお医者さんでした… 「ったく…ちゃんとやれよ!」 「わかってるよ。ちょっと志摩くんの緊張を解してやろうと思っただけだろ~?」 「おまえのは、どこまでふざけてて、どこまで本気かわかんないんだよっ!」 また、那智さんが誉先生に怒り出して。 つい柊さんを振り返ると、「また始まったよ」って言いたげに肩を竦める。 その穏やかな表情に、ホッとした。 また あんな切ない目をしてるんじゃないかって思ったから 「医者ならちゃんと診察しろ!」 「わかってるよぉ…じゃあ、志摩くん。初めてヒートが来たのは、いつ?」 「…今回が、初めてです…」 「そっか。平均より遅めだったんだね。今、いくつだったかな?」 「高校二年生です」 何気なく答えて。 ツキン、と胸が痛みを訴えた。 もう 高校になんか通えない… 圭吾には会えない それに 家にだって… 思わず項垂れた僕の肩に、そっと温かいものが触れて。 振り向くと、柊さんが微笑みを浮かべていた。 まるで全てわかってくれてるように その優しい微笑みに、少しだけ苦しさが和らいで。 僕はもう一度、誉先生に向き直った。 「抑制剤は?飲んでなかったの?」 「はい。うち、母子家庭でお金がなくて…そんな高価な薬、買えなかったから…」 「今は、そういうご家庭にも自治体から補助が出るんだけど…お母さんは、知らなかったのかな?」 「え、そうなんですか?」 「うん」 「…母は、なにも…」 「そっかそっか」 また俯いてしまった僕の肩を、今度は誉先生が宥めるようにポンと軽く叩く。 「じゃあ、初めてだから、一番身体に負担のかからない抑制剤からにしようか。本当はヒートがくる一週間前から飲めばいいんだけど、志摩くんの場合、まだ周期が安定してないかもしれないし、若いΩだと周りにいるΩのヒートに引き摺られることも稀にあるからね。ここにはΩが二人もいるから…処方する薬、念のため今日の夜から飲んでみてくれる?予防だと思って…」 「あ、あのっ…」 淀みなくスラスラと説明を続ける先生を、慌てて遮った。 「ん?」 「薬って…僕、お金持ってないんで…」 「ああ。そこは気にしなくていいよ。いつか、払える時が来たら、返してくれればいいから」 「ええっ…!?だめです、そんなのっ…」 「いいからいいから。今まで、みんなそうだから。柊もそうだし」 「え…?」 目尻のシワを深くして微笑む先生の言葉にびっくりして、思わず振り向くと。 柊さんは、苦笑しながら頷いた。 「俺も…ここに来たときは、なにも持ってなくてね。その時は手術もしてもらったし、今の志摩よりずっとお金がかかったんだ。だから、素直に甘えちゃえばいいよ」 「…でも…」 「…抑制剤もなく生きていくのは、本当に危険だよ?それはよくわかったでしょ?」 その言葉に、あの男のぞっとする下卑た笑い顔が思い出されて。 背筋が震える。 もうあんな怖い思いをするのはいやだっ… 思わず両手で自分を抱き締めると、後ろから優しい腕が包み込んでくれた。 その甘い香りとともに。 「じゃあ、薬出しておくから、飲み忘れないようにね?3ヶ月後に、診察にきてください。合わないようだったら、別の薬を出さなきゃいけないからね」 「…はい。ありがとうございます」 頷くと、子どもをあやすようにポンポンと頭を撫でられた。

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