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不如帰(ホトトギス)10 side志摩

「さて…診察も済んだし。もう一つ大事な話をしてもいいかな?」 それまでずっと優しく微笑んでいた誉先生が、急に真顔になって僕へ向き直った。 その豹変したオーラに、ざわりと背筋が震える。 「志摩くん、熱も下がったし身体も特に悪いところがないから…これで退院、ってことになるんだけど…」 「え…」 「誰か、引き取りに来てくれそうな人、いるかな?」 引き取りに…来てくれる人…? それって… 『この卑しいΩ!おまえなんて、私の子どもじゃないっ!』 頭のなかで、僕を蔑む声が響いた。 「…っ!!」 「志摩っ!?」 誰もいない 僕を迎えにくるひとなんて 僕は卑しい人間だから また息が詰まりそうになった僕を、柊さんがまた抱き締めてくれる。 「誉さんっ!この子はっ…」 「ああ、悪かった。志摩くん、無理やり君を元の場所に戻したりしないから、安心して」 「行くとこないんだったら、ここにいればいいんだよ。俺らは、最初からそのつもりだ」 「…え…?」 びっくりして顔を上げると。 柊さんも、那智さんも、誉さんも。 優しい目をして僕を見ていた。 「ったく…誉の馬鹿が!てめぇは医者のくせにいっつも言葉足らずなんだよっ!」 那智さんが、誉さんの頭をグーで叩く。 「いや~ごめんごめん。でも、もしも志摩くんのことを理解して、本当に頼れる親戚とかがいるんなら、こんな見ず知らずの人のところより、そっちの方がいいと思ってさ」 「…Ωの俺たちに、そんな安らげる場所なんて、そうそう見つかんねぇよ…」 叩かれた部分を手で擦りながら、誉さんがへらっと笑うと。 那智さんは、きつく唇を噛んで顔を背けた。 誉さんが、すっと表情を固くする。 「ごめん、那智」 「…αのおまえには、俺らの気持ちはわかんねぇ。一生な」 那智さんは低い声でそう呟いて。 くるっと勢いよく踵を返すと、足音を立てながら部屋を出ていってしまった。 「…またやっちゃった…」 誉さんが、ばたんと音を立てて閉まったドアを見つめながら溜め息を落とす。 「那智は、普段があんなだからつい…ね。ダメだなぁ、俺…医者失格だ」 そうして、柊さんに向かって困ったように肩を竦めた。 「…仕方ないです。那智さん、自分のことは全然話さないけど…きっと、誉さんに出会うまでは壮絶な人生だったんだろうって、それだけはわかるから…」 柊さんは悲しそうに眉を下げ、目を伏せる。 「…柊くん…」 「でも…誉さんが、俺たちみたいな行くところを失ったΩをなんの見返りもなく受け入れてくれてるから…それは素直にありがたいって思ってます。那智さんだって、それは痛いほどわかってますよ?」 「…うん…だといいな」 「大丈夫ですよ。だって、那智さんが誉さんにベタ惚れなの、側で見てたらビシビシ伝わりますもん」 そう言って。 誉さんに向けてふわりと微笑んだ柊さんの横顔が、なぜか泣きそうなそれに見えて。 無意識に手を伸ばし、その冷たい指先を掴んでしまった。 「え…?」 「あ…」 どうしてそんなことしてしまったのか、自分でも理由がわからなくて。 びっくりした顔で僕を見た柊さんを見ながら、そのままの体勢で固まってしまうと。 柊さんはふっと表情を緩め、ポンポンと僕の頭を優しく撫でた。 「…ねぇ、誉さん。この子、俺に預からせてもらえませんか?」 「え…いいのかい?」 「なんか…他人事とは思えないんです。俺も、ちょうどこのくらいで那智さんに助けてもらったから…」 「…柊くん…」 柊さんは、僕が握った指先で、僕の手をぎゅっと握り返して。 「志摩…俺の家に来るかい?」 ベッドの横にひざまづき、僕と目線を合わせ。 優しい眼差しで、そう言った。

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