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不如帰(ホトトギス)17 side和哉
「おまえ、マジでいい奥さんになれるよな」
パンツ一枚でバスローブを肩に引っかけ、わしゃわしゃと豪快に濡れた髪を拭きながら。
蓮さんはダイニングテーブルの上に並んだ料理を前に、感嘆の声をあげた。
「奥さんって…やだよ。俺、男だし。そもそも、蓮さん以外のヤツには絶対やんないし」
ボサボサの頭のまま椅子に座った彼の前に、ご飯の入った茶碗を置き、首に巻かれたタオルを取り上げる。
「そういや、学生の時も自分で弁当作ってたよな?おまえくらいの器用さだったら、一流のシェフだって目指せそうじゃん。そうしたら、俺のホテルで雇ってやろうか?日本食のシェフは重宝されるぜ?」
「そんなの目指さないよ。それに、シャワーを浴びてる間に作ったのは、味噌汁とハムエッグだけだよ?あとは、昨日の残りと予め作り置きしておいたお浸しだけだし。誰だってこれくらい出来るでしょ」
面白そうに目を細めた彼を一瞥して。
タオルで丁寧に髪を拭き、手櫛で整えてやった。
シェフなんて、冗談じゃない。
俺がなりたいのは蓮さんの唯一無二の相棒なのであって、ホテルの支配人と従業員ではない。
「そうなのか…?」
「そうなの。あ、でもあの味噌が切れちゃったからさ。今日の味噌汁は期待しないでね」
「え…そうなの?」
後ろに立っていた俺をパッと振り返った顔には、明らかな落胆の色が浮かんでいて。
思わず、頬が緩んでしまった。
「…なんだよ」
「ううん、別に。本当にあの味噌気に入ったんだなって思っただけ」
「別に…味噌汁なんて、食べられればなんでもいいし」
本当はすごくがっかりしてるくせに、強がりを口にするのがなんだか可愛くて。
でもそれを顔に出すと途端に不機嫌になるから、俺は澄ました顔で向かい側の椅子に腰を下ろした。
「昨日、春に電話して送ってもらう算段つけといたから、近々届くと思うよ?」
さらりとそう告げると、きちんと手を合わせた後、味噌汁のお椀を持ち上げた蓮さんは、ちょっとバツの悪そうな顔になる。
「…あいつ、元気か?」
「うん。なんか、昨日は龍とディナーだったみたい。お祝い…とかなんとか」
「…あぁ…」
わざと言葉を濁してみると、したり顔で小さく頷いた。
…知ってたんだ…
龍が九条の正式な跡取りに決まったこと
まぁ気にしないわけないか…
本当は
龍じゃなくて
あなたが全部受け継ぐべきもののはずだったのに…
あなたは
本当はこんなところにいるべき人じゃない
あなたは本当は
その大きな翼を広げて
日本という国を引っ張っていくべき人なんだ
それは自分でもわかってるでしょう…?
心の中でそう問いかけながら見つめると。
らしくもなく、ふいっと俺から目を逸らした。
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