119 / 566

翡翠(かわせみ)5 side志摩

那智さんの後をついて、ふかふかの絨毯の敷かれた階段を登ると、ピアノの音が聞こえてきた。 螺旋状になった階段を登りきった先の、細かい装飾の施された重厚感たっぷりのドアを開くと、豪華なシャンデリアの飾られた広いフロアがあって。 そこには、高級感漂う本革のソファとガラスのテーブルのセットが少し間隔を開けて置かれていた。 黒地に赤のタータンチェックのシャツに黒いスラックスとベストを身に付けた10人ほどの人たちが、その周りを忙しなく動き回っている。 そして、その首には黒いチョーカーが巻かれていた。 フロアの真ん中には、グランドピアノが置いてあって。 そこに座っていた、みんなと同じ服を着た柊さんは、周りの喧騒なんて聞こえないみたいに、小さく微笑みを浮かべながら優しい音を奏でていて。 そこだけが、別世界のようにゆったりと時間が流れているかのようだった。 「おーい、ちょっと集合!」 フロアに響き渡るような大声で、那智さんが叫ぶと。 そこにいた全員がピタリと手を止め、振り向いた。 そうして、ぞろぞろと無言で僕と那智さんの前に集まってくる。 不躾な視線が僕を突き刺して、一気に緊張が高まったけど。 一番最後に立ち上がった柊さんがゆったりとした足取りで近付いてきて、僕を取り囲む人垣の一番後ろに立ち、ふわりと柔らかい笑みを向けてくれて。 その微笑みを見るだけで、少しだけ肩の力が抜けた。 「今日から入る、志摩だ。しばらくは見習いだが、みんな、仲良くしてやってくれよ」 那智さんが、簡単な紹介をしたあとに、僕に向かって顎をしゃくる。 「あ、し、志摩ですっ!よろしくお願いしますっ!」 慌てて頭を下げると、僕を取り囲んでた人たちは無言のまま、小さく頭を下げ返した。 その顔は、みんな仮面を着けたみたいに無表情だ。 あれ…? 僕、全然歓迎されてない…? 「よし、じゃあ持ち場に戻っていいぞ。あ、涼介、おまえは志摩の教育係な?」 冷や汗がぶわっと吹き出した僕には構わず、那智さんはそう指示する。 もう僕には興味なしとばかりに、やっぱり無言でみんな僕に背を向けて。 思わず柊さんへ視線を投げると、また僕にふわりと微笑んでくれたけど、なにも言わずにピアノへと戻ってしまった。 唯一その場に残ったのは、目がくりっと大きくて可愛らしい顔立ちの、僕とそう年の違わなそうな男の子。 「えー、俺、教育係っスかぁ?」 「文句言うな。人に教えるのも、勉強のうちだぞ?じゃ、頼むな」 那智さんは涼介と呼んだその子の肩をポンと叩くと、踵を返して二階へと上がっていく。 その背中をぼんやりと見ていると。 「おい、おまえ」 怒ったみたいな低い声が、僕を呼んだ。 「え?あ、はいっ…」 反射的にそっちを向くと、涼介って子は大きな目を訝しげに細めて。 これ見よがしな、大きなため息を落とした。 「俺は忙しいの。ボケッとすんなよ」 「す、すみません」 「とにかく、着替えだな。ついてきな」 冷たい声でそう言って。 早足で階段を降り始めた涼介を、慌てて追いかける。 「これから教えること、ちゃんと覚えろよ?2回は教えないからな」 「は、はい」 「まず店に入ったら着替える。更衣室は階段奥のオーナー部屋の隣。そこはお兄さんたちの休憩スペースでもあるから、モタモタしないで素早く着替えること。いいか?」 「はいっ!」

ともだちにシェアしよう!