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翡翠(かわせみ)6 side志摩

「おい…まだかよ…」 「す、すみませんっ…」 首に引っ掛けたネクタイを結ぼうとするけど、やり方すら知らないものを上手く出来るわけなくて。 「…貸してみ」 見かねた涼介さんが、渋々といった体で結んでくれた。 「おまえ、ネクタイも結べないのかよ。制服は?高校通ってたんだろ」 「僕、中高と学ランだったから…」 「親父さんのとか、見たことねぇの?」 「小さい頃に死んじゃったから、覚えてないです」 そう言うと、涼介さんはちょっと気まずそうに視線を泳がせて。 「ほら、出来た」 それ以上はなにも聞かずに、ネクタイから手を離した。 「それから…これ、絶対忘れるな」 最後に、首に黒い革製のチョーカーを巻かれる。 「ここのホストが全員Ωだってことは、客なら誰でも知ってる。客の身元はオーナーがちゃんと調べてるけど、どんなに社会的地位の高い紳士だって、αである限り、突然獣に豹変しないとも限らないんだ。おまえだって…そういう経験があるから、ここに来てるんだろ?」 留め具でそれを留め、その上から小さな南京錠のようなものを取り付けながら。 涼介さんは、見透かすように僕の瞳のなかを覗き込んだ。 その言葉に 脳裏に鮮やかに蘇ってきたのは 圭吾の血走った獣のような瞳 『噛みたい…おまえを番にしたい』 その言葉に その眼差しに 全身が恐怖に震えた その感覚を思いだし、思わずふるっと震えると。 目の前の彼は微かに目を細め、ふ、と吐息を吐き出す。 「万が一の事故も起こさせないために、この鍵はオーナーにしか外せないようになってる。だから、仕事の時は絶対にこれ、忘れるなよ?」 「わかりました」 「よし。んじゃ、ついてきな」 歩き出した涼介さんの後について、ロッカーが並んだ更衣室を出て再び階段を上る。 「俺たち見習いの仕事は、お兄さんたちの手伝いだ。つっても、基本はお客様がオーダーした飲み物や食べ物を運んだりするってことくらいだけど。あとは、開店前と閉店後の掃除は必須な。一応みんなでやる仕事ってことにはなってるけど、基本は俺らの仕事だから」 「はい。…あの…ひとつ聞いてもいいですか?」 「なんだよ?」 「俺たちって…涼介さんも、見習いなんですか?」 さっきから気になっていたことを、何気なく聞いてみると。 涼介さんは、すごく嫌そうな顔をした。 「…仕方ないだろ。早くホストになりたいっつっても、18までは絶対見習いって規則なんだから」 「え?そうなんですか?」 「オーナーも、頭硬いんだよなぁ…俺、あと2年も見習いかよ…」 「えっ!?」 思いがけない言葉に、つい大きな声が出た。 「…なんだよ」 「あと2年って…涼介さん、いくつ?」 「…16」 「ええっ!?」 絶対年上だと思ってた…! 「…おまえ、年下だからって、いきなりタメ口になるなよ。俺のが先輩だぞ!」 僕の顔色を見て、涼介さんはますます嫌そうな顔になる。 「わかってます」 年下だとわかると、その澄ました口調が精一杯背伸びしようとしてるものに聞こえてきて。 つい、緩みそうになる口許を必死に締めながら答えると。 「…まぁ…志摩の方が一個上だから?…その…さん、付けくらいは、外してもいい…」 小さな声でぼそぼそと呟いて。 耳をほんのり赤くした涼介は、僕からふいっと顔を背けた。

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