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翡翠(かわせみ)12 side楓

「はっ…あっ…あぁーっ…」 目の前でチカチカっと火花が散って。 手の中に、熱い飛沫が広がった。 「ぁ…ぅ、ぁっ…」 解放の後、ほんの少しだけは満たされた気がするけど。 またすぐに、底無しの快楽への欲求が頭をもたげてくる。 もっと強い刺激が欲しくて、中に埋め込んだその冷たい機械のリモコンを押した。 「あぁぁぁっ…」 ぶるぶると、羽音のような音が大きくなって。 荒れ狂う熱がそこへ集まってくる。 また、熱い飛沫が飛び散った。 「あぁっ…あーっ…」 息つく暇もなく、すぐにまた絶頂の波がくる。 どれだけ上り詰めても 決して満たされることはない 出口の見えない真っ暗闇を彷徨っているのと同じだ 頭では嫌だと 止めたいと強く思っていても 身体は満足することなく 快楽を追い求めてしまう こんな道具じゃ全然足りなくて このまま街へ出ていって 誰でもいいからこの熱をどうにかして欲しいと すがりつきたい衝動に駆られそうになる 苦しい… 心と身体がバラバラに砕け散ってしまいそうだ いや いっそ本当に砕け散ってしまえれば楽になれるのかもしれない ……助けて…… 誰か… この果てのない泥沼の中から………… ……助けて…… 誰でもいい…… …………誰か………… 「…………蓮……くん…………」 「…うっ…柊っ!!」 ずるりと、身体から硬いものが抜かれる感覚に、沈んでいた意識が引き起こされた。 激しい羽音のようなものが、ピタリと止まって。 次の瞬間、息が詰まるほど強く、抱き竦められる。 「ばっかやろっ…なんで、誉を呼ばないんだよっ!」 「…なち、さ…くるし…」 「おまえっ、一人でどうにかするつもりかよっ!ちゃんと助けてって言え!」 耳元で響く怒鳴り声は、湿っているように聞こえた。 「…なん…で…?」 なんで…那智さんがここに…? 「…甘えていいんだよ。おまえはもっと、自分を甘やかしていい」 俺の質問には答えずに、那智さんは自分が辛そうに顔を歪めたまま、俺の頬を撫でて。 その手を首へと滑らせると、いつも店で着けているチョーカーを、俺の首に着ける。 「…え…?」 「勝手なことして、ごめん。許せなかったら、後で殴っていいから」 そう言って、もう一度俺の頬を撫でて。 玄関の方へと歩いていった。 「は…ぁ…」 那智さんが離れると、またあの熱が身体の底から沸き上がる。 「んっ…」 堪らず、また緩く勃ちあがったそれを握ると。 「すみません、お待たせしました」 玄関から、那智さんが誰かを呼び入れる声が聞こえてきた。 同時に、どこかで嗅いだことのあるようなレモングラスみたいな香りが、部屋の中にぶわっと広がって。 どくん、と心臓が大きく跳ね、うなじがビリビリと痺れた。 αが、いる…! 反射的に手に掴んだシーツを身体に巻き付ける。 身を硬くしてじっとドアを見つめてると、そこから那智さんが戻ってきて。 「これは、すごいな」 その後に、ゆっくりとした足取りで現れたのは、斎藤代議士だった。 「…っ…!」 なんでっ…!? 「…本当にいいのか?こういうのは、君の店ではルール違反なんだろう?」 斎藤先生はちらりとだけ俺の姿を確認すると、那智さんへと真剣な表情で問いかける。 「そうですけど…こいつを失うよりは、マシです」 「失う…?どういうことだ?」 返ってきた答えに、斎藤先生がもう一度訊ねたけど。 那智さんはそれには答えずに、持っていた紙袋を先生に押し付けるように手渡した。 酔いそうなほどの濃厚なαのフェロモンの匂いに 頭の芯が痺れていく 驚きで一度動きを止めた熱が また身体中で渦を巻き始め とろりと蜜が溢れた 「アフターピルと、睡眠薬が入ってます。ここを離れるときは、必ず睡眠薬を飲ませて眠らせてください」 「…それは、ちょっと乱暴すぎないか?」 「一瞬でも正気に戻れば…たぶん、自分を傷付けてしまうので…」 「………わかった」 二人がなにかを話しているけど、内容なんて頭に入ってこない。 今はただ、この狂ったように暴れまわる熱をなんとかして欲しい。 このαなら きっと沈めてくれるだろう 「…ねぇ…はや、く…」 腕を、伸ばした。 「早く、きて…」 男は、ゆっくりと振り向いて。 「…あぁ…」 恭しく、俺の手を取った。

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