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翡翠(かわせみ)15 side楓

長い とても長い夢を見ていた 苦しくて 哀しくて でも これ以上ない幸せな夢 この夢が 二度と覚めなければいいのに────────── 目蓋を開くと、荒れ狂っていた熱は嘘のように消え去っていて。 夢の時間の終わりを、否が応にも自覚しなければならなかった。 「は、ぁ…」 身体の奥にまだ燻ってるヒートの残り火を乗せた息を、ゆっくり吐き出して。 気怠い身体を起こそうとして、その違和感に気付いた。 腰に、誰かの腕が巻き付いている。 「えっ!?」 驚いて振り向くと、俺を背中から抱き締めたまま、すぅすぅと健やかな寝息を立てて眠る男。 「…斎藤、せんせ…?」 なんで、ここに…!? 慌てて辺りを見渡してみれば、そこは確かに見慣れた自分の部屋に間違いはなくて。 頭が混乱した。 なんで!? なんでうちにこの人がいるの!? 俺、いつ部屋に入れたっけ…? っていうか、そもそもなんで俺のマンションを知ってるの!? 「あ、あのっ…先生、起きてっ…」 訳がわからなくて。 でも、とにかく状況を把握したくて。 俺は彼の腕の中で身体を反転させると、その剥き出しの肩を揺さぶった。 っていうか… 俺も先生も裸だし… これってやっぱり そういうこと…だよね… まずい… なにも思い出せない… 「先生、先生ってば…!」 「…ぅ…ん…」 ふるっと長い睫毛が震え。 その睫毛に縁取られた目蓋が持ち上がると同時に、腰に回された腕で強く抱き込まれる。 そのまま、噛みつくようなキスが降ってきた。 「んんっ…」 逃れようともがくと、腹に硬いモノがぐいぐいと押し付けられる。 「んっ…ちょっ…まっ、てっ…せんせ、待って…!」 首を捻ってキスを解き、力一杯その肩を両手で押し返すと。 先生は不満そうに眉を寄せて、俺の顔をじっと見つめ。 パチパチと何度か瞬きをした。 「…柊…?」 なぜか、疑問形で名前を呼ばれた。 「はい」 「もしかして…ヒート、終わった…のか?」 「あ…はい…そう、みたいです…」 頷くと、ほうっと息を吐いて。 それから、困ったような笑いを浮かべて、俺の頬をそっと撫でる。 何度も何度も。 慈しむような、優しい眼差しで。 「…あの…先生…」 「ん?なにかな?」 「…どうして、ここに…?」 「どうしてって…覚えてないのか?」 「すみません…俺、ここ何年かヒートの時は記憶が朧気になるので…」 そう言うと、頬を撫でてる手がピタリと止まる。 「…そんなに激しいものなのか?Ωのヒートというのは。記憶が残らないほどに?」 「あ、いえ…他のΩは、ここまでじゃないと思います。俺は…なんか、ちょっと特殊みたいで…誉さん…お医者様も、あまりそういう事例は見たことがない、と…」 「…そう、か…」 先生は、悲しげに眉を下げて。 再び、俺の頬を撫でた。 「…君の店のオーナーに呼ばれてね。君を、助けて欲しいと」 「え…?」 「どういうことか説明もなく呼び出されて、わからないままここへきて…ひとりでヒートに苦しんでいる君を、見つけた」 「え…」 頬を撫でていた手が、すっと首の後ろに回されて。 壊れ物に触れるような仕草で、抱き締められる。 「…生まれて初めて、自分がαで良かったと思ったよ」 ピタリと身体が密着すると、微かにレモングラスの香りがして。 その匂いに、朧気な記憶が蘇ってきた。 那智さんの泣きそうな声。 噎せかえるような、その香り。 そして。 『……楓……』 ずっと聞こえていた 愛しいあの人の声 「っ…!」 どくんっと、心臓が嫌な音を立てた。 まさか… 俺はこの人のことを…… 「あ、あの…先生…」 訊ねようとした声は、震えていた。 「ん?」 「…ヒートの間…俺、なにか言ってませんでしたか…?その…誰かの名前、とか…」 どくんどくんと、耳元で鼓動が煩く鳴り響く。 どうしよう… もし、蓮くんの名前を口にしてしまっていたら… 思わず、息を止めて見つめると。 先生も、笑みを消した真剣な眼差しで見つめ返してきた。 「…うん。言っていたよ。…伊織、って」

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