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翡翠(かわせみ)31 side楓

「あ、パンダ!」 思わず声を上げると、くすっと隣で笑った気配がした。 「…笑いましたね?」 「いや…うん、ごめん。なんか、可愛くて…」 「っ…可愛くないです!」 肩を揺らして笑いを堪える伊織さんに、むぅっと頬を膨らませて抗議の意思を示していると。 それまで岩の上に座って笹を食べていたパンダが、おもむろに立ち上がって。 のしのしとこちらへ歩いてきた。 そうして、俺たちのすぐ近くで座ると、まるで観察するようにジッと俺たちを見つめる。 「な、なに…?」 「おお…おまえ、まさか柊に惚れたのか!?」 「なっ…なにバカなこと言ってるんですか!」 「だってほら、こいつ柊のことずっと見てるし。でも、ダメだぞ?柊はこれから僕が口説き落として、僕の番になるんだからな?」 「ちょっと…」 パンダ相手に何を言い出すんだと、思わず眉を寄せると。 パンダは興味を失ったように、ふいっと俺たちの前から去っていった。 「ほら、伊織さんがバカなこと言うから、パンダも呆れちゃったじゃないですか」 「えええ?バカなこととは酷いな。僕は本気なのに…」 今度は伊織さんがぷうっと頬を膨らませて。 そのノーブルな佇まいには似合わない、子どもっぽい表情に、思わず吹き出してしまった。 「笑ったな?」 「んふふっ…ごめんなさい」 堪えようとしたけど、堪えきれないで笑い続けていると。 拗ねたように俺を見ていた彼の眼差しが、不意に柔らかくなる。 「…やっと、笑ったね」 「え…?」 「最近、僕の前では困ったような表情ばかりだったから」 「そう、でしたか…?」 「うん。笑っても、どこか無理しているような感じがして…少し、いやだいぶ辛かった」 「…すみません」 謝ると、繋いだままだった手に、ぎゅっと力が入った。 「そうやって、笑っていてくれ。たとえ、番にならなくても」 「え…?」 「あんなこと言ったけど…そりゃあ、君が僕の番になってくれれば嬉しいけど。でも、たとえ君が僕を選んでくれなくても。君が幸せに笑っててくれれば、僕はそれで満足なんだ。もちろん、それが僕の隣なら、それが一番最高なんだけどね」 最後はおどけたように首を竦めて見せた彼の眼差しは、どこまでも透明で嘘なんか見えない。 「…どう、して…?」 「…君を、愛してるから」 熱い心の籠った言葉が。 俺の心を大きく揺さぶる。 愛の言葉なんて 店でもベッドのなかでも 腐るほど聞いた だけど どんなに素敵な愛の言葉もただ虚しく俺のなかをすり抜けていくだけだったのに 「愛しているよ、柊」 こんなにも心が震えるのは なぜなんだろう

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