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小夜啼鳥(ナイチンゲール)1 side春海
振り向いたその男と、目が合った瞬間。
世界が止まった。
「…え………楓………?」
そこには、俺の記憶の中よりもずっと大人びた、でも柔らかい雰囲気はそのままの。
誰よりも会いたかった人が、いた。
2日前────
「おまえってさぁ…不能なの?」
とんでもないことを食事の間に聞かれて。
思わず、口に入れたばかりのビールを盛大に噴き出してしまった。
「…汚ねぇな…」
飛沫は、向かいに座る彼にも届いてしまったようで。
「ご、ごめんっ…!」
慌てて自分が使っていたおしぼりを差し出すと、嫌そうに顔をしかめて、自分のおしぼりで顔を拭った。
「おまえ、良いとこボンのくせに、マナーがなってねぇ」
「亮一が変なこと言うからだろっ!」
「で?不能なの?」
「っ…だからっ!なんで急にそんなこと聞くんだよっ!?」
「んー?単純に、知りたいから。だっておまえ、この間のパーティーでもいろんな女に色目使われてたのに、一切興味なさそうだったし…。もしかして、ソッチがダメだからなのかな、と思って」
悪びれた風もなく、さも当たり前のことを聞くように訊ねられて。
全身からガックリと力が抜ける。
こいつ
ちょっと一本ネジ外れてるんだよなぁ…
俺が亮一と知り合ったのはちょうど一年前
俺の父が経営する藤沢製薬と亮一の父親が経営する醍醐総合病院が提携して、新たなΩヒート抑制剤を開発することになり
その業務提携契約後のパーティーに、父に無理やり連れていかれた時に知り合った
俺は最初、αのくせに少し軽薄な感じの亮一が苦手だと感じたが、亮一の方はなぜか俺をずいぶん気に入ったらしく
その後も何度か仕事で顔を会わせるたびに、やたらと絡まれて
いつの間にか、定期的に会って食事をするようになってしまって、今ではなぜか一番よく会う友人になっている
「別に…そんなんじゃないし…」
「じゃあ、なんで?結構モテるくせに、恋人作らないのは、なんでなの?」
「…今は、そんな気分じゃないだけだよ。仕事、面白いし」
早くこの話題を打ち切りたいのに。
「仕事、ねぇ…健全な若い男のセリフじゃないなぁ。デキる男は、仕事も色事も両立させるもんだぜ?」
「…じゃあ、俺はデキない男でいいよ」
亮一は完全に面白がってる雰囲気で、ニヤニヤとやらしい笑いを浮かべている。
「親父さんが、心配してるぜ?うちの息子は、もしかして一生一人なんじゃないかって」
「なんで、親父とそんな話してんだよ…」
「…あ、もしかして、女がダメなの?」
「はぁ!?」
「なるほど、そっかぁ」
「違うからっ…男とか女とか、そういう問題じゃ…」
「隠さなくってもいいって。わかるわかる。女はめんどくさいもんなぁ」
勝手に言って、俺が返事する前に勝手に納得したように頷いて。
いいこと思い付いた、とばかりにパッと顔を輝かせると、ぐっと身体を乗り出してきた。
「なら、イイトコ紹介するぜ?」
「だから…」
「男Ωだけの、クラブ」
その身体を押し返そうと肩を掴んだ瞬間、亮一の言葉が耳に飛びこんできて。
Ωという単語に、反射的にビクッと動きが止まる。
亮一の切れ長の瞳が、獲物を捕らえたように、すっと細められた。
「男Ωだけのクラブなんて、珍しいだろ?そもそも、Ωって殆ど女で、男Ωなんて絶滅危惧種並みに出会わないけどさ。そこは、ホストが全員男Ωなんだよ。それだけでも珍しいのに、店の雰囲気は上品だし、ホストの身のこなしは洗練されてるし…男Ωは元々びっくりするほどの美形が多いから、まるで別世界に入り込んだ気分になるんだ」
「そんなの…」
興味ないって、そう言えばいいのに。
言葉が喉につっかえて出てこない。
鮮やかに蘇ってきた懐かしい面影が
甘い痛みと切なさを胸に打ち込んでくるから
「…今度、連れてってやろうか?明後日の夜、空いてる?」
耳元に吹き込まれた台詞に。
考えるより先に、頷いていた。
その時の俺は
まだ気付いていなかった
止まっていた運命が
音を立てて動き出したことに
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