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小夜啼鳥(ナイチンゲール)3 side春海

「ほんっっとうに申し訳ないっ!!」 亮一は俺の髪の毛をガシッと掴むと。 再び頭を下げさせた。 「もう、謝らないでください。まぁ、ちょっとびっくりしましたけど」 楓…じゃなくて、柊さんは、相変わらず微笑みを貼り付けたまま、首を横に振る。 「お詫びに、この店で一番高いお酒を入れさせてもらうよ。…春海が」 「えっ!?俺!?」 突然そう言われて、思わず亮一を見ると、怒った顔でふんっと鼻を鳴らされた。 「当たり前だろうが。おまえのせいで、俺まで出禁になるとこだったんだぞ!」 「そんな、怒んなくても…」 「怒るわ!柊を指名出来るようになるまで、俺がどれだけ通い詰めたと思ってんだ!その苦労を台無しにされそうになって、怒らないでいられるかっ!」 「醍醐様、その辺で」 怒り心頭で顔を真っ赤にした亮一の腕に、柊さんがそっと手を添える。 「醍醐様を出禁になんて、私がさせません。大切なお客様ですから」 そのまますーっと白くて細い指を滑らせて。 ゆっくりと指と指を絡めた。 その動きがやたらと艶かしくて。 俺がされたわけじゃないのに、ドキドキした。 「…今日は亮一って、呼んでくれないの?」 つい数秒前まで浮かんでた怒りは、嘘みたいに消え去って。 代わりに、亮一は柊さんを蕩けるような目で見ている。 「そうでした。亮一さん」 声に、甘えたような響きが乗る。 俺が呼ばれたわけじゃないのに、ぞくぞくした。 「ごめんね、柊」 「もういいですって」 微笑んだ柊さんの手を、亮一がぐっと引いて。 柊さんが、亮一にしなだれかかるように凭れる。 まるで、これからキスでもするみたいに、二人の距離が一気に近くなって。 モヤモヤしたものが、じわりと胸に広がった。 「許してくれる?」 「許すなんて…最初から、怒ってませんよ」 「だったら、今日、アフター誘ってもいい?」 「ふふふ…残念。今日は、先約が。申し訳ありません」 「え~また?もしかして、またあの大臣?」 「さぁ…どうでしょうね?」 まるで俺なんかいないものみたいに、二人の世界が出来上がっていくのを、じりじりと焦がれるような思いを抱えながら見つめていると。 不意に、柊さんの視線が俺を捕らえた。 「藤沢様、お飲み物はなにになさいますか?初めての一杯は、私がおごらせていただきますので」 その眼差しは、ぞくぞくするほど妖艶で。 その姿は 俺の知らない人 もしかして…本当に違う人、なのかな…? 「藤沢様…?」 「あ、じゃあビールで…」 「かしこまりました。少し、お待ちください」 するりと、亮一の腕をすり抜けて。 カウンターへと向かう後ろ姿は、いつも蓮の元へ歩いていってた、その背中と同じに見えて。 わからない… 君は、誰なの…? 本当に楓じゃないの…? 「お待たせしました。どうぞ?」 グラスを差し出し、にっこりと笑った彼を。 俺はただひたすらに見つめていた。

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