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小夜啼鳥(ナイチンゲール)4 side春海
その後、小一時間ほど彼と共に過ごした。
といっても、俺はただ出された酒を飲みながら、亮一の腕の中で楽しそうに会話をする彼を見つめているだけだったけれど。
「柊さん、そろそろ次のご指名が…」
別のボーイが俺たちのテーブルへやって来てそう告げると。
彼は頷いて、そっと亮一の腕から抜け出した。
「申し訳ありません、亮一さん。私はここで」
「えーっ、もう!?早いよぉ」
「ふふっ…また、次のご指名をお待ちしております」
「…わかった…」
「この後、どうされますか?まだいらっしゃるなら、他の者を寄越しますが…」
「ううん、今日は帰るよ。連れが粗相したから、オーナーに睨まれてるしね」
ギロリと睨まれて、思わず肩を小さくする。
「…ごめん…」
「もう、その事は。また次も指名していただければ結構ですから」
「そんなのもちろんだよ!」
「ふふ…嬉しい」
優雅に微笑みながら、彼が立ち上がって。
それに促されるように、俺と亮一も立ち上がった。
「玄関までお見送りします」
「ありがと」
連れ立って歩く彼と亮一の背中を追いながら、ふとフロアの中央に置かれたグランドピアノが目に飛び込んできた。
そういえば
ここに入ってきたときは生のピアノの音が流れていた気がする
その時はテンバッててよく見てなかったけど…
もしかして、彼が…?
だったら、やっぱり彼は……
「本日はありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
丁寧な挨拶と柔らかな笑顔に見送られ、小さなエレベーターに乗り込むと。
それまでニコニコと笑顔を絶やさなかった亮一が、突然怒ったような顔になった。
「…ごめん」
怒ってるぞ!オーラを惜しげもなく纏われて。
謝るしかない。
「ったく…おまえの美徳は、嘘のつけないバカ素直さだけど、もうちょっと状況とか考えろよ、バカ」
「…ごめんなさい」
肩を小さくしてもう一度謝ったところで、エレベーターが下に着いて。
チラッとだけ俺を見て、さっさとエレベーターを降りた亮一の後を急いで追いかける。
目の前にはタクシーが一台止まっていて。
待っていたようにドアが開いたけど、亮一は運転手に乗らないことを告げると、歩いて地下駐車場を出ていこうとした。
「え、ちょっ…歩いて帰んの!?」
「ああ。おまえも付き合え」
「ええぇっ…!?」
ちょっとの距離も車を使いたがる亮一が、どういう風の吹き回し…!?
不思議に思いながらも、後を追いかけると。
地上に出て、しばらく早足で歩いてた亮一が不意に歩くスピードを緩めて。
大きく息を吐き出した。
「亮一…?どうし…」
「別人じゃないよ。あの人」
「え…?」
「あの人…おまえの知り合いだよ」
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