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小夜啼鳥(ナイチンゲール)5 side春海

その言葉を問い質そうとすると、亮一はすぐ側にあったコーヒーショップに入った。 「どういうことだよ、亮一」 俺のおごりのコーヒーを優雅に啜る亮一に、身を乗り出して問いかける。 亮一は、まぁ落ち着けよ、とばかりに俺をチラッと見ると。 カップを静かにソーサーの上に戻し、深く息を吐き出した。 「かえで…だっけ?それが、彼の本名なんだな」 「どうしてっ…」 「あの人、すぐにおまえのこと藤沢様って呼んだだろ。俺が、おまえを紹介する前に」 「そう…だっけ…?」 「ああ。それに…震えてた」 「え…?」 「顔はいつも通り笑ってたけど、ずっと震えてたよ。それに、あんな風に今まで触れてきたことなんて、なかったんだ。それなのに…今日は俺にべったりくっついて…まるで、おまえに過去のことを暴かれるのを恐れて、俺を隠れ蓑にしているみたいにな」 「そんな…」 俺を、怖がってたってこと…? どうして… 俺と幼なじみだってことすら 誰にも知られたくないってこと…? 「…どういう、知り合い?」 ショックに指先が震えて。 カップを取り落としそうになったのを、慌てて両手で掴んだ俺を。 亮一は射るような目で見据える。 「…幼なじみだよ。小学校から高校まで…ずっと一緒だった」 俺は、しばらく考えてそれだけを伝えた。 楓が俺に昔のことを話されることを恐れていたと言うのなら、どこまで話していいのかがわからなかった。 「ふーん…おまえとずっと一緒ってことは、あの人も元はいいとこのお坊ちゃんだったんだな。どうりで、他に比べても格段に品があるはずだよ」 「うん…まぁ…」 曖昧な返事をして、握り直したカップを口に運ぶ。 楓が九条家の人間だってことは 言わない方がいい、んだよな…たぶん… 「…心配しなくても、あの人のことを詮索しようなんて思ってないよ。俺にとっては、あの人は『柊』以外の何者でもないから」 亮一は、そんな俺をじっと見つめていたけど。 ふぅっと息を吐き出すと、目を伏せた。 「だからおまえも『かえで』なんて名前、忘れろ」 「え…」 「おまえの気持ちも、わからんでもないけど…あの人は、もうおまえの知ってる人間じゃないよ。名前を変えて生きてるってことはきっと、おまえが知らない間におまえには想像もつかないような人生を生きて、今あそこにいるんだ。それを、なにも知らない俺たちが否定することはできないよ」 「でも、でもさっ…」 楓なんだ 柊、なんて名前じゃない ずっとずっと探してて もう会えないかもって何度も諦めかけて でも諦めきれなくて… 会いたくて 会いたくて 会いたくて 奇跡のような偶然で ようやく会えたんだ 「…春海…もしかして、おまえ…あの人のこと…」 「…初恋の、人なんだ…」 一日だって 忘れたことなんかなかった 楓がΩだってわかっても 君の運命の番が蓮だってわかってても それでも忘れることなんて出来なかった 俺の気持ちは 少しも色褪せることなく あの頃と同じままなんだ 目の奥が、熱くなって。 頬を、いくつも熱い雫が流れ落ちていく。 「そっ、か…」 亮一は、ぽつりと呟くと。 それ以上はなにも語らずに、俺の涙が止まるまでただ側にいた。

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