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小夜啼鳥(ナイチンゲール)7 side楓
胸の奥底に押し込めたパンドラの箱から、一つ一つ取り出すような気持ちで、全てを那智さんに話した。
あのこを失って
楓という名を捨てた、あの日までのことを
無理やり押し込めていた思い出は
取り出す度に痛みを身体に与えてきて
苦しくて
何度も息が詰まったけど
那智さんはそんな俺の背中に手を添えて
最後まで黙って聞いてくれていた
もう
逃げることは出来ない
ずっと逃げてきた
幸せになってはいけないと思いつつ
周りの人たちの優しさにいつの間にか許された気になって
全てをなかったことにして
新しい自分の生きる道を見つけようとしていた
でも逃げきれることなんて出来るわけないんだ
これは俺が背負わなければならない罪
全ては
俺の存在が元凶なのだから
全てを話し終えると、力が抜けて。
崩れ落ちるようにソファに座り込んだ。
那智さんは、怒りを湛えた眼差しでしばらくの間俺を見つめていたけど。
突然拳を握り締めて、すぐ側の壁を思いっきり殴り付けた。
「…眠らせて、堕胎手術なんて…人間のやることじゃねぇよっ!その手術のせいで、おまえはっ…」
「仕方ないよ。俺が、悪い」
「バカ!なに言ってんだ!おまえはこれっぽっちも悪くねぇだろっ!」
「悪いのは、俺だよ。俺の存在自体が罪なんだ。俺さえいなければ、みんな不幸になんかならなかった。俺さえいなければ、父さんは死ななかったかもしれない。龍だってあんな暗い感情を知る必要はなかった。そして蓮くんは…九条の跡取りとして、日の当たる道を真っ直ぐに歩いていたはずなんだ。なのに…みんなの人生をねじ曲げてしまったのは、俺だ。俺は、生まれてきてはいけない人間だったんだよ」
近親相姦の果てに生まれた禁忌の子
そんな存在が
許されるわけがない
だからみんなを不幸にしてしまう
あのこだって
俺のところじゃなければちゃんと生まれてくることができただろうに
俺のところじゃなければ…
「そんなの…全部おまえが望んだことじゃねぇだろうが…だったら、おまえのせいなんかじゃねぇっ…」
那智さんが、苦しげな声でそう叫ぶと。
ぐいっと俺の頭を引き寄せて、自分の胸の中に抱き締めた。
とくん、とくんと規則的に響く鼓動が、優しく耳に響く。
「俺を育ててくれた、ばあちゃんがいつも言ってた。生まれてきちゃいけない人間なんて、どこにもいねぇ。命ってのは、奇跡みたいにして生まれ出 るもんなんだからって。だから、どんな命にも意味があるんだって」
「…命の、意味…?」
俺の命に
そんなものがあるんだろうか
大切な人を不幸にしてばかりの
この命に
「…少なくとも、俺はおまえに不幸にさせられてなんてねぇよ。むしろ、おまえがこの店を立派にしてくれて、俺に居場所を与えてくれて。生きる力を与えてくれてる。他のスタッフも、もちろんそうだ」
「那智さん…」
胸の中で顔を上げると、俺を心ごと包み込むような優しい眼差しが、見下ろしている。
「おまえが自分の命の意味が見つからないってんなら、俺が一緒に探してやる。見つかるまで、いくらだって付き合ってやる。だって、おまえは俺の一番の相棒だからな…って、ちょっとこのセリフ恥ずいな…」
そう言って、最後は照れたように目を泳がせた那智さんに。
俺は零れ落ちた涙を拭いながら、笑った。
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