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小夜啼鳥(ナイチンゲール)10 side楓

「えっ…」 春くんは、大きく目を見開いて、数秒固まった。 「…いいんですか?」 「もちろん。…藤沢様さえ、よろしければ」 「お、俺はもちろん、もっとあなたといたいですけどっ…って…あぁっ…!」 そう叫んで。 自分の言ったことに恥ずかしくなったのか、耳まで真っ赤になって、両手で口を塞いでしまう。 その姿が、なんだか可愛くて。 意図せずに、笑みがこぼれた。 「でしたら、もう少し遊んでいってください。この間お約束した、一番高いお酒も、まだ入れてもらっていませんし」 そう言うと、それまで真っ赤だった顔が、一気に青ざめる。 「えっ、あっ…それは、その…えっと…ちなみに、おいくら…?」 びくびくしながら、聞いてくるから。 両手をパーにして、春くんの前にかざしてみせる。 「じゅ…十万…?」 「百万」 「ひゃ、百万っ…!?いや!ムリムリっ!」 目を白黒させて飛び上がった姿に、つい笑いが込み上げた。 やっぱり、春くん可愛い 「ふふっ、冗談ですよ。でも、その若さで藤沢製薬の役員さんなら、出せない額ではないでしょう?」 何気なく口にした言葉に。 春くんは困った顔になる。 「…?」 「…俺、役員じゃないです。今は、研究開発部門のただの研究員」 「え…」 だって ゆくゆくはお兄さんと二人で 会社をもっともっと大きくするんだって 幼い頃からずっと そう夢を語っていたのに 「親父には、大学卒業したら経営の勉強しろって言われてたんですけどね。俺、兄貴と違って経営者って器じゃないし…それに今は、会社を大きくすることよりも、困ってる人を助けたいって気持ちの方が断然強くて。うちの会社は、日本のΩヒート抑制剤のシェア70%を誇るけど、それでも全てのヒートを抑えられるわけじゃない。抑制剤が効かなくて、ヒートに苦しめられてる人もまだまだ多い。そんな苦しみを味わう人が、一人でも減るように…全ての人が性に左右されることなく、その人らしく生きられるように…そんな社会を実現できる薬を、作りたい。それが、俺の今の夢なんです」 熱い眼差しで、誇り高い夢を語る春くんは、眩しいくらいで。 俺は微かに軋む胸の音を聞きながら、目を逸らすこともできずに、春くんを見つめていた。 「まぁ…そういうふうに進路を変えたのが高校2年の時だったから、そこから大変だったんですけどね。元々、経営学部に行くつもりだったのが、急に薬学部希望にしちゃったから…受験科目の勉強間に合わなくて、一年浪人したし」 「高校2年って…」 まさか 俺のことがきっかけで…? 「だからっ!お金、そんなに持ってないんです!一番高いお酒は、勘弁してくれると助かるんですけど…」 俺が余程情けない顔を晒してしまったのか。 春くんはわざとらしく明るい声で話題を逸らすと、両手をパンッと顔の前で合わせて、拝むように俺に懇願する。 そのさりげない優しさに、涙が込み上げそうになって。 奥歯を噛み締めて、それを堪えなきゃならなかった。 「では…今日も最初の一杯はビールにしましょうか?」 揺れる心を必死に押し込めて、営業用の笑みを貼り付ける。 「ホントにっ!?ありがとうっ!」 春くんの笑顔に、またチクリと胸が痛んだ。

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