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小夜啼鳥(ナイチンゲール)12 side志摩

最近、柊さんが変だ 掃除機を持ったまま、ぼーっと立ち尽くしていたり。 料理のときにぼーっとしてて、ハンバーグを焦がしたり。 なにより、あんなに大好きなはずのピアノをあまり弾かなくなって。 窓際に座り込み、ビルの間から見えるくすんだ空を、ぼんやりと見つめていることが増えた。 その姿は まるで翼をもがれた天使のよう 原因は、あいつだ。 最近柊さんの馴染みになった、醍醐って人に連れられてやってきた、あいつ。 藤沢春海。 初めて店に来た日に、あろうことか柊さんを自分の知り合いと勘違いした失礼なやつ! あんなやつ、オーナーが二度と店には入らせないと思ったのに。 最近では毎日のように足繁く通ってくるようになっちゃって…その度に、柊さんが相手してる。 柊さんを指名出来るのは、何度も店に足を運んで、柊さんがこの人なら…って認めた人だけなのに。 だから、常連客でまだ柊さんを指名出来ない人たちからは、当然不満の声も上がるわけで… それなのに、オーナーは藤沢春海のことを黙認してる。 やっぱり、本当に知ってる人なのかな…? みんなは、あいつは柊さんの過去を知ってて それをネタに柊さんを脅してるんじゃないかって言ってる じゃなきゃ、一見さんに近いあいつが柊さんを指名できるはずがないって 僕はみんなよりも柊さんの近くにいるから 脅されてるとは思わないけど …だって、あんなひょろっと背の高いだけの優男に、そんなこと出来そうにないし… なにより、あいつと話してるときの柊さんはとても穏やかに微笑んでいて 脅されてるような、怯えた雰囲気は全くないし でも、柊さんがおかしくなったのは、あいつが原因で間違いないんだ それがなんでなのか… 柊さんの過去を知らない僕には、わからないけど… ひとつだけわかってることは 僕は…ううん、あの店で働いているみんなは いつもの柊さんに早く戻ってもらいたいってこと そのために、僕がやれることは… 「…柊さん、コーヒー淹れたけど、飲む?」 フローリングにペタンと座り込んで、雲一つない抜けるような青空を見上げていた柊さんの隣に座って、マグカップを差し出すと。 びっくりしたように目を真ん丸にして、僕の方を向いた。 まるで、僕の存在なんて忘れてたみたいだ 「あ…うん。ありがとう…」 小さく微笑んで、マグカップを受け取った柊さんは、今にも泡になって消えてしまいそうな儚さで。 消えてしまわないように、思わずカップを持つ手首を掴んでしまった。 「志摩…?どうか、した…?」 どうかしてるのは僕じゃない 柊さんだよ そう言いたいのをぐっと堪える。 「あのね、柊さん。お願いが、あるの」 「お願い…?なに?」 「僕に、ピアノを教えてくれる?」

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