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小夜啼鳥(ナイチンゲール)13 side志摩
柊さんがいつもの柊さんに戻るためには
ピアノを弾くしかない
きっと
ピアノを弾いてないからどんどんおかしくなっていくんだ
それくらい
柊さんとピアノは切り離せないものだから
「えっ…?」
「僕、あれ弾いてみたい。いつも柊さんが弾いてる曲」
「…ショパンのノクターン?」
「うん…ダメ?」
「ダメじゃないけど…志摩、ピアノ習ってたことあるの?」
「ううん、ないよ」
「一度も?」
「うん」
「楽譜は?読める?」
「ううん」
「……」
柊さんが、絶句した。
「やっぱり、ダメ?無理?」
「あ、いや、無理じゃないけど…」
「じゃあ、頑張る。だから教えて?」
「…俺、人に教えたことないんだけど…」
「だったら、僕が初めての生徒だね」
強引にそう押しきると、柊さんは深く溜め息を吐いて。
苦笑いしながら、僕の頭をポンポンと叩いた。
「わかった。そこまで言うなら、教えてあげる」
「やった!」
「でも、もしかしたら超スパルタかもしれないよ?それでもいいの?」
飛び上がって喜んだら、ちょっと意地悪そうな顔で、そう釘を刺されて。
「…柊さんの、お兄さんのように?」
つい、そんなことを口走ってしまった。
柊さんが、大きく目を見開いて息を飲む。
「あ…」
その姿に、言ってはいけないことを言ってしまったことに気付いても、口から出た言葉は取り消せなくて。
怒る、かな…?
冷や汗をかきながら、次の言葉を待っていたら。
柊さんは困ったみたいに眉を下げると、おもむろに僕をぎゅーっと抱き締めた。
「しゅ、柊さんっ…!?く、苦しっ…」
「…そんなこと言うと、ホントにスパルタにするぞ?」
思ってたより力強く抱き締められて、苦しさにバタバタもがいてたら。
ドスの効いた低い声でそう囁かれる。
でも、その響きはどこか楽しそうで。
怒ってはなさそう…?
「やっ!ごめんなさいっ!優しくしてくださーいっ!」
「ぶっ…その言い方、誤解を招くよ?」
「えっ?そう?」
「そうだよ」
くふふ、って楽しげな笑い声が耳元で聞こえて。
腕の力が緩んだから、そっと身体を離して柊さんを真正面から見ると、目を細めて笑ってた。
「…正直に言うとね?」
「うん?」
「志摩が、ピアノ弾いてみたいって言ってくれたこと、すごく嬉しいよ」
「ホント?」
「うん。いつか、連弾できるくらいになってくれたら、嬉しい」
「連弾?」
「…二人で、同じ曲を弾くこと」
「えっ!僕と柊さんが!?」
「そう。いつかやってみたいと思ってたんだけど、俺の周りにはやってくれそうな人がいなくてさぁ」
「いや、無理!それは、絶対無理!」
「大丈夫。俺が教えてあげるから」
そう言って、袖を捲って力こぶを作ってみせる。
「やっぱりスパルタじゃんっ!」
「ふふふっ…楽しみだなぁ」
俺を見つめる柊さんの目は、いつもピアノに向かうときのようにキラキラと輝きを取り戻していて。
「よし。じゃあ早速やってみよっか」
「はーい。よろしくお願いしまーす」
最近では影を潜めていたイキイキとした表情で僕の手を引き、ピアノへと連れていってくれた。
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