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小夜啼鳥(ナイチンゲール)20 side春海

斎藤大臣は、ゆっくりと楓の元へ歩みよった。 その途中、ちらりと俺を見た眼差しは、α独特の威圧感に満ち溢れていて。 その視線だけで、身体が縛られたように動けなくなった。 「…これは?」 「錯乱して暴れていたので、鎮静剤を…。強めのを打ったので、しばらくは眠っていると思います」 「…可哀想に…」 環境大臣は、医者の言葉に痛ましい表情になって。 大切な宝物に触れるような手付きで、眠る楓の頬にそっと触れる。 「若い子のヒートに当てられたと言っていたね?じゃあ、予定より少し早いけど柊はこのままヒートに入るんだね?」 「はい」 「だったら、柊は僕が連れていくよ。いいね?」 「もちろん、是非にお願いしたいのですが…斎藤様、お仕事は大丈夫なんですか?」 「明後日までは国会があって、そこはどうしても動かせないからな…僕がいない間は眠らせておくしかないな。その後はなんとか調整できるから…誉先生、後で秘書を診療所に行かせるから、薬を用意しておいてくれ」 「わかりました。柊を、よろしくお願いします」 医者がそう言って頭を下げると、大臣は鷹揚に頷いて。 楓の上に掛けてあった俺のジャケットをゴミでも捨てるみたいに投げ捨てると、代わりに自分のジャケットを掛けて抱き上げた。 「斎藤先生っ…」 志摩くんが、泣きそうな顔でそこへ駆け寄ってくる。 「志摩くん、柊を一週間だけ貸してね?ヒートが終わったら、ちゃんと君のところへ返すから」 大臣は優しい微笑みを浮かべて、こくこくと頷く志摩くんの頭をポンと撫でて。 俺には一瞥もせずに、楓を連れて颯爽と出ていってしまった。 なんというか… αの中のαって感じだな… まぁ、いづれは総理にって人なんだから 当然っちゃ当然かもしれないけど… 俺とは次元の違う人だ 「…藤沢様、ありがとうございました」 呆然と、楓と大臣が消えたドアを見つめていると。 遠慮がちなオーナーの声が、背中に落ちてきた。 その言葉に、思わず笑いが込み上げる。 「藤沢様…?」 お礼なんて言われるようなこと 俺はなにもしていない なにも…… なにも出来なかったんだから 眠り姫を救う王子様は 俺じゃなくってあの人なんだから ジリジリと、胸の奥が焦がれるような感覚。 それはかつて、一番近くて遠い友人に感じていたものに酷く似ていた。 常に楓を守るように立ち。 常に楓だけをその瞳に写していた男。 そうして、不意に思い出す。 かつて、彼の隣にいるときにだけに見せた 美しく可憐な とても幸せそうな楓の微笑みを ああ、そうか… そうだったのか… 「…オーナー。あの人が、楓の番になる人ですか?」 「…は、まだそれを承諾はしていませんが」 俺の望みは 「あの人は…楓を笑顔にしてくれますか?」 「え…?」 「俺…知ってるんです。楓の、本当に幸せそうな姿を。あの、美しい花が満開に咲き誇るような、笑顔を。それを…あの人は楓に与えてくれるんでしょうか?」 俺の望みはたったひとつ 楓に笑っていて欲しいだけ ただ幸せそうに 蓮の隣にいた頃のように笑っていて欲しいだけなんだ たとえそれが 俺の傍じゃなくても 「…帰ります」 「藤沢様…」 「楓のヒートが終わったら…また、お店を訪ねてもいいでしょうか?」 「…それは、もちろん。お待ちしています」 「…ありがとうございます。では、失礼します」 オーナーに頭を下げ、無惨に打ち捨てられたジャケットを拾おうと床へと顔を向けると。 なぜか涙が一粒、零れ落ちて。 ワイン色の絨毯に小さな黒いシミを作った。

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