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小夜啼鳥(ナイチンゲール)21 side楓

薄汚れた天井の 小さな黒いシミだけが ずっと俺を見ていた 『おらっ…もっと声出せよっ…』 いやだ… 『気持ちいいんだろ?ちゃんとそう言えたら、もっと可愛がってやるぞ?』 きもちよくなんて、ない… きもちよくなんて…… ううん… のうみそがふっとうしそうなくらいきもちいい…… 自由を奪われ 無理やり昂らされ ただ誰かの欲望の捌け口としての人形のような存在 死にたいと思っても そんな自由すら与えられず 俺を買ってくれる誰かを ただベッドの上で待つだけの日々 俺を呼ぶ誰かの声が聞こえる気もするけれど それが誰なのか もうわからない わからないんだ 俺自身が何なのか なぜ生きているのか なんのために存在するのか……… 「…ころ、して…」 誰か 誰か…………… 「…柊…」 優しい声が、耳元で響いて。 重い目蓋を持ち上げると、誰かが頭上から俺を覗き込んでいた。 反射的にビクッと身体が強張ったけれど、それが伊織さんだとわかって、ゆっくりと力を抜く。 そうだ もうとっくに終わったんだ 俺が今いるのは あの暗くて狭い場所じゃない あれは 遠い過去の残像だ 「僕がわかるかい?」 「…いお、り…さん…」 押し出した声は、ひどくしゃがれていて、醜いものだったけど。 伊織さんは優しく微笑んでくれた。 だけど、その表情には疲労の色が濃く浮かんでいて。 頬には、引っ掻き傷のような赤い線が数本入っていた。 「…終わったんだよ。お疲れさま」 労りの言葉を口にしながら、俺の額に触れるだけのキスをして。 手を、枕元へと伸ばす。 何気なくその行方を目で追うと。 自分の手首が、手錠でベッドに繋がれている光景が飛びこんできた。 「…っ、これっ…」 思わず息を飲むと、伊織さんは心底申し訳なさそうに目を伏せながら、手錠を外してくれる。 「ごめん…こうでもしないと、君は自分で自分を傷付けてしまおうとするから…」 ああ…そっか… あれは夢じゃなかったのか…… 俺は 優しいあなたを あの欲望に満ちた獰猛な獣たちと同じだと思ってしまったのか 「…ごめんなさい…」 「君が、謝ることじゃないよ」 「…あなたを傷付けてしまって、ごめんなさい…」 そう言うと。 伊織さんははっと驚いた顔になって。 すぐに、哀しげに顔を歪ませた。 優しいあなたの頬に傷をつけたこと 優しいあなたの心を酷く傷付けたこと どんなに謝っても謝りきれないけれど 「ごめんなさい…」 「…違うっ…傷付いたのは、僕じゃないっ…本当に傷付いているのは、君だろっ…」 伊織さんの美しい黒曜石のような瞳から、大粒の涙が零れる。 自由になった手を、それに伸ばそうとしたけれど。 奥歯を噛み締めて、堪えた。 俺には あなたに触れる資格はもうないから

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